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かっぱ(学芸大学)は熟れずしが名物の50年以上続く老舗居酒屋。紀州の日本酒・梅、50年モノのぬか漬けはおいしく、客の好みに合わせて作る玉子焼きは美しい~優しい遺伝子の水平伝播

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学芸大学駅から徒歩10分弱。東口商店街の出口の信号を左折。香氣麦ばたけ、鷹番の湯、目黒病院、平和軒プチ、駒沢通り・祐天寺二丁目交差点と続く道沿いに「かっぱ」という居酒屋があります。駒沢大学に牛煮込み専門店のかっぱという有名店がありますが、もちろんそれとは関係ありません。

駒沢通りができる以前、江戸時代、明治時代ごろまではこの通りが地域のメインストリートで、すぐ近くには川も流れてて……という話をし出すと1時間くらいしゃべってしまいそうなので略w

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Google ストリートビューより(2009年撮影)

昭和39年(1964年)、駒沢通り近くにあった三谷の飲み屋街でかっぱは始まりました。その後、鷹番に移り(ワイン食堂 MATSUの隣の細い路地)、2012年、建物が建て替えられる際、ご自宅でもある現在地へと移転してきました。このあたりのことはまた後ほど。

旧かっぱの隣にあった焼き鳥屋・むら井、十字街のもつ焼き屋・ふじい、鷹番小学校方面の焼き鳥屋・あたご。2013年8月、私が学芸大学に引っ越してくる際に行きたかったお店です。ですが、ちょうど引っ越してきた頃合いにすべて閉店し、現在でも続いているのはかっぱだけ。駒沢通りの大衆割烹 ひかりにはかろうじて行けたけど、すぐ閉店しちゃったなぁ。

扉に手をかけたことは幾度かあります。けど、ほぼ満席で毎回、諦めていました。そんなかっぱへ今回ようやく。

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カウンター7、8席ほどの店内。お母さんとお姐さんがやってらっしゃいます。後ほどわかるのですが、お二人は親子です。

「初めてですよね」

「はい」

「いらっしゃいませ」

それはそれはかわいらしいお母さん。御年85歳(2018年11月時点)。おそらく学芸大学でもっともご高齢の飲食店店主です。

※2023年6月22日追記:お母さんはもうお店に立ってらっしゃいません。当記事の内容とお店の現況は異なることがあるかもしれません。追記以上

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一杯目はグラスのビール。ビールはこれくらいの量がちょうどいい。

マッチもいいねぇ。これは"桃印"(白桃)と呼ばれているマッチ。もともとはマッチ最大手・兼松日産農林(旧大同燐寸)が作っていたのですが、2017年に同社はマッチ事業から撤退して、日東社がこれを引き継ぎました。だから、このマッチにも「株式会社日東社」と表記されています。

ちなみに、ひとつ前の画像に写っている黄色い大きなマッチ箱は大和産業の"金鶴"マッチです。

今回は使いませんでしたが、マッチの香り好き。

参考/燐寸倶楽部:マッチラベルの話 その6 | マッチの世界:マッチ年表(昭和)

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カウンターの上に並んでいるおばんざいの中から、いわしの梅干煮をお願いしました。

「温めますか?」

「あ、そのままでいいですよ」

言い忘れていましたが、かっぱのお母さんは紀州(和歌山県)ご出身。紀州の熟れずし(なれずし)が名物です。この梅干もきっと紀州のものなのでしょう。

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骨まで食べられるほど柔らかく煮られたいわし。優しい味わいなのですが、かすかに酸味を残した、煮られて甘くなった梅干がいいアクセントになっています。超絶うまい。これはすごい。骨も尾もすべて残さず食べました。

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せっかくなので紀州のお酒も頂きましょう。なみなみと溢れるまで注がれた純米酒・紀州(世界一統)。

「南方熊楠(みなかたくまぐす)の蔵元なの」

「そうなんですか」

その時は生返事。ちょっとよくわからなかったので。帰って調べてみてわかりました。

和歌山県が誇る偉人、博物学者・生物学者・民俗学者の南方熊楠。南方熊楠の実父・南方弥兵衛(のちに弥右衛門に改名)が世界一統の創業者だったのです(明治17年/1884年創業)。そして、世界一統という社名は明治40年(1904年)に、かの大隈重信が命名しました。2代目・南方常楠が大隈重信に師事していた縁からだそう。

参考/世界一統公式サイト:世界一統の歩み

それはさて置き、純米酒・紀州。米のうまみが強いのですが、甘すぎない。透明感を感じるお酒です。おいしいなぁ。

二品目は玉子焼き。

「メニューに4種類も玉子焼きが載ってますね」

「お客さんによって好みがいろいろあって。どうします? 甘い方がいいですか?」

「いえ、それほど甘くないほうが」

お母さんがフライパンで丁寧に玉子焼きを作ってくれました。

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焦げ目が一切ない、フワリと優しく包まれた玉子焼き。長皿にただポンと置かれているだけなのに、なんて美しいのでしょう。

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おいしいものは美しい。美しいものはおいしい。玉子のミルフィーユはしっとりとしていて食感が楽しく、細かくは伝えなかったけど、甘みより塩味(えんみ)が立つこの味は私がもっとも好きな味付けです。

「ほんとおいしいです。好きな味です」

「よかった。作るたびに味が違うの」

長年、玉子焼きを作り続けてくると、ほんのひと言のヒントだけで、その人の好みに仕上げることができるんだろうな。

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トイレのかわいいかっぱ

そうだ。気になっていたことをお母さんに聞こう。パッと店内を見回しても、"かっぱ"ぽさはお母さんの背後にあるかっぱの置物ただひとつ(後日、トイレ内にもうひとつ発見w)。なんで「かっぱ」なんだろう。

「なぜ『かっぱ』という店名なんですか?」

「特に意味はないの。主人が店を始める時、主人のお友達が店名は『かっぱ』にしなよって」

「なぜです?」

「渋谷に『かっぱ』というお店があって、繁盛してたから大きなビルになったの。それにあやかるといいだろうって。ぜんぜんあやかれてないけど(笑)」

「いやいや」

「娘が小さい頃は『かっぱの子~』ってからかわれてねぇ(笑)」

そうだろうなとは思っていたのですが、ここでハッキリと、お二人が親子だとわかりました。それにしても似てるなぁ。顔はさほど似てません。けど、声質、口調、笑い方がそっくりです。こういうのも遺伝するのでしょうね。

では、名物の熟れずしを頂きますか。

「すみません、熟れずしのサバをお願いします」

「ごめんなさい、今日はないの」

「あ、そうなんですか。めはり寿司はありますか?」

「めはり寿司も……。今日は桃の節句だからちらし寿司を用意してて……」

「なるほど」

「ごめんなさい」

「いえいえ、また来た時に頂きます」

残念。まあ、仕方ない。今度ね。

お酒もそろそろ尽きそうだ。今日はこの辺で……と思っていたら。

「これ、あちらから」

とお姐さん。カウンターの奥を見やります。

「熟れずしがなくて、ガクッとしてらっしゃるから。これ、私が最近はまってるの。つまみにいいから、どうぞ」

一番奥に座ってらっしゃる常連さんがそうおっしゃいます。

「えええ。すみません。ありがとうございます。いただきます」

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ほうれん草のおひたしに、焼いたアジ(?)をほぐしたものが和えられています。

「ほんと、おいしいですね」

「でしょ?」

いや、ほんとにおいしいな。これはもう一杯頂こう。

「すみません、紀州五十五万石をお願いします」

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先の紀州の姉妹ブランドの本醸造。飲み口は何気にふくよかです。そして、後口はスッとキレます。うん、うまい。

「さっきの紀州もおいしかったですが、これもおいしいですね」

「どちらがお好みでした?」

「どっちもいいですよ。おいしいです」

それはそれは嬉しそうにほほ笑むお母さん。郷土愛なんだろうなぁ。なんてことを思ってたら。

「これも私がハマってるの。どうぞ」

「えー! すみません。いただきます」

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常連さんからもう一品。千切りのじゃがいもを揚げたもの。表面はサクッ。中はシャク、モチッ。香ばしくて甘くてうまい。

「これもおいしいですねぇ」

「よかった。失礼ですが、お名前は」

ひろぽんと言うべきか後藤と言うべきか。0.5秒迷い、本名でいくことにw

「後藤です」

「後藤ちゃん、またぜひ来てね。今度来る時は、熟れずしありますかって聞くといいよ」

「なるほど」

ここでじゅんこさん(娘さん)がこんなことを。

「もしよかったら、お新香どうですか? 日本酒だったらお新香が合うと思うから。50年ものなの」

メニューにも「よしこが手がけた、54年モノの熟成ぬか床」と書かれています。

「じゃあ、せっかくだし、お願いします」

「ごめんなさいね、無理に注文させてしまったみたいで」

「いえいえ」

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きゅうり、かぶ、にんじん、左上の白いのはなんだろうな。大根のような。どれほど漬けているのかはわかりませんが、素材によって浸かり方が異なります。きゅうりはしっかり漬かってほどよい酸味が出ています。根菜類は甘みが引き立ちます。

「おいしいです」

「ありがとう」

いや、ほんとうまいな。食感もたまらなくいい。

「後藤ちゃん、ここはボトル入れて飲むのがお得だからさ、今度来た時はボトルで飲んでね」

「はい、ありがとうございます」

「これ、よかったら」

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常連さんのボトルから焼酎の水割りをいっぱいごちそうになりました。

「すみません、ありがとうございます」

「これ、ボトルはキンミヤだけど、中は二階堂だから(笑)」

「そうなんですか。二階堂も好きですけど、キンミヤも好きですよ」

「キンミヤと言えば、さいとう屋ってご存知ですか?」(お姐さん)

「はい。よくうかがってて、ボトルも入れてます」

「そうなの。さいとう屋へも行くんだけど、ご主人がここにもいらして下さるんです」

「そうなんですか。そういえば今日の昼、奥さんとすれ違いました」

「あら、そう。おいしいわよねぇ」

「そうですねぇ」

「あと、東軒は?」

「ええ、もちろん。マスターもあきらさんも懇意にさせて頂いてます。一緒にカラオケしたこともありますよ」

「ほんとう! この前ね、味噌ラーメンを食べたの。そうしたらおいしくて」

スマホで写真を見せてくれました。

「へー。東軒で味噌ラーメンは食べたことないですねぇ。今度、食べてみますね」

「でも、詳しいですね。この辺りはいろいろ行かれるの?」

「はい、飲み歩くのが好きで」

その後も界隈の飲食店話で盛り上がりました。

※追記:後日、東軒で味噌ラーメンを食べてみました。衝撃的においしかったです。

途中、常連さんの姪っこさんが常連さんにタバコを届けに来ました。なんだかえらい美人だったなぁ。女子大生くらいかな? ああ、そう言えば、ここって女性客も多い印象だよなぁ。これまでチラッとのぞいた限りは。

「ここは何度か扉を開けたこともあったんですが、いつも満席で」

「あら。そんな時は常連が席を空けてくれるわよ」

「若い子も多いですよね」

「最近、若い子もたくさん来て下さるの」

「あと、女性も多いような」

「女性も多いわねぇ」

そんなこんなしていたら、30代前半くらいの男性が二人。

「あら、お久しぶり」

聞くところによると、二人とも建築系のお仕事で、一人はここへの移転も手伝ったのだとか。

「ここ、もともとはガレージだったの」

「へぇ。そんな風には見えないですね」

「ここなんていつになってもいいんだから、お仕事を優先してねって。けど、いろいろやってくれて、このカウンターも表の看板もその扉も、昔の店から持って来てくれたの」

店が移転するとなり、それを手伝うご常連。名物料理がなく肩を落とした一見に、あれもこれもとふるまうご常連。なぜこれほど優しいのか。それはお店が優しいから。

店は客を作り、客は店を作る。その典型だ。母から娘へと垂直に遺伝するだけじゃない。店から客へ、あるいは客から店へと優しさが水平に伝播し遺伝する。まさに優しい遺伝子の水平伝播。素敵だなぁ。

「ほんと、いろいろごちそうさまでした」

「後藤ちゃん、また来てね」

「ありがとうございます」

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熟れずしを食べてから書こうと思っていました。けど、そうできなかった。とにかくすぐにこの感動を誰かに伝えたくて。それに、熟れずしは確かに名物料理かもしれませんが、その名物料理がなくても、この店は素晴らしかった。いやむしろ、熟れずしがなかったおかげで、こんなにも優しさを頂けたと言えるかもしれません。

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いい店ってのは、50年以上も続く店ってのは、うまい・まずいじゃないんだな。もちろん、そりゃうまい。けど、そんなことよりずっと大切なものがある。だからこそ人気だし、続くんです。

近い内に熟れずしも食べに行かなきゃな。

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追記。別日の紀州(ひと口飲んだ後の写真)、アジフライ、アジのアラ汁。

アジはお客さんが釣ってきたもの。アジフライもアラ汁もめっちゃうまかった! そしてこの日も熟れずしはなかったw むしろ最近は熟れずしがないことのほうが多いのかもしれません。でも、相変わらずお母さんもお姐さんも常連さんたちも素敵でした。半年以上ぶりだったのに、私のことも覚えて下さってた。すごい。またお酒ごちそうになっちゃった。ありがとうございました。

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追記。お客さんが採って来た山菜の天ぷらフルコース。

「天ぷらといえば、カブという天ぷら屋で梅干しを天ぷらにしてくれたんですけど、それがとてもおいしかったです」

「梅を揚げると油がきれいになるの。だから和歌山では天ぷらをやる時は必ず梅を揚げるのよ」

そう言って梅干しも揚げてくれました。

「ごめんなさいね、今日も熟れ寿司ないの。今は一ヶ月に一度くらい」

「お気になさらず。ぜんぜんいいですよ」

熟れ寿司よりも素敵なものがこの店にはいっぱいある。

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85歳のお母さんが巨大なタケノコにはしゃぐ――ねぇ、これがいい店だと思うんだよね、僕は。

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常連さんが釣って来た鮎
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「今年で86になったの♪」

かっぱへ行ったことのある人ならわかるはず。本当に音符がついてますよねw

「お酒飲めないからお酒のことぜんぜんわからないでしょ。昔、お酒を注いだら受皿にこぼれて、『あ、ごめんなさい』ってこぼれたお酒を捨てようとしたの。そうしたら、お客さんが『捨てないでー!』って(笑)」

今回もとにかくおいしかった。楽しかった。かわいかった。

熟れずし

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「今日は熟れずしがある」とご連絡を頂き、うかがいました。ようやくw

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サバとエビ。酸っぱいイメージがあったのですが、そんなことはありません。温もりのあるおいしさ。

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「二日目、三日目になるともっとおいしくなるのよ」

寒すぎると熟成が進まないし、暑すぎても傷むから、温度の管理が大変ということ、サバの方がうまみが乗るということ、本当は切り分けずに、こうして一本丸ごとから笹を抜いて食べるということ、いろいろなことを教えてくれました。

幸せな味。

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