今回ご紹介するのは三重県四日市市大矢知町の金魚印 大矢知手延べそうめん。製造者は有限会社松永製麺、販売者はサンコク(三重穀糧)。
大矢知手延麺(そうめん・ひやむぎ)には金魚印・扇印・三重の糸という3つのブランドがあるのですが、詳細は後述します。
大矢知町出身の知人から頂きました。5束250g。イオン ネットショップでの販売価格は980円/550g。250g換算で450円、一般的なそうめんの量・300gに換算すると534円。
通販で買おうとすると送料込で1000円以上してしまいます。ですから、直近で紹介した淡路手延素麺と同様、ずっと気になっていたものの、少量を買いづらかったのです。こうして頂けるのは本当にありがたい。
都内ではお目にかかることが少ない大矢知手延素麺
大矢知町および周辺地域には手延べそうめんの製麺所が10軒ほどあります。2009年度(※)、三重県はそうめんの生産量で全国第12位、手延そうめんで第9位、ひやむぎで第16位、手延ひやむぎで第2位。三重県と隣の愛知県ではどちらかというと太めの麺が好まれるようで、大矢知でも手延べそうめんよりも手延べひやむぎのほうが生産量が多く、人気が高いそうです。
大矢知素麺の生産量は日本の素麺生産量の1%にも満たず、一般的にはあまり知られていません。私は毎年夏前に近隣のスーパーを20軒ほど回り、そうめんの品揃えをチェックしていますが、10年間で大矢知手延素麺を見かけたのは1度か2度(確かイオンスタイル碑文谷とオオゼキだったような。西友かも?)。都内のスーパーで大矢知の手延べ素麺を見かけることはまずありません。
※古いデータですが、根拠となっている米麦加工食品生産動態等統計調査(農林水産省)は2009年度が最後
金魚印 大矢知手延べそうめんには珍しいことがいっぱい
開封して驚きました。シリカゲル(乾燥剤/除湿剤)が入っていたのです。確かにそうめんにとって湿気は大敵。けど、シリカゲルの入っているそうめんは見たことがありません。太めで湿気をよく吸いそうな半田そうめんでも入っていたことはありません。
大矢知手延べそうめんは太めだと聞いていました。ただ、半田そうめんほどではありません。小豆島の太めのそうめんくらいでしょうか。
束紙に何かのマーク。なんだろう? 「T」と「S」、Tenobe Soumenってこと?
写真ではわかりづらいかもしれませんが、太さのバラつきが大きいのも印象的。また、小麦の甘い香りがとても強く……おや?
あははは。ばちめんだ。ばちめんが紛れているのに出くわしたのも初めてかもなぁ。
手延べそうめんは棒にかけて延ばします。そうすると、棒にかかっている部分はUの字に曲がり、太くなります(細くならないと言った方が正確か)。
チューインガムを指でビヨーーンと延ばす場面を思い浮かべてください。指でつまんだ部分は太く、口に近づくほど細くなるじゃないですか。あれと同じです。
で、Uの字部分や太い部分は切断して、細い部分がいわゆるそうめんになるわけですが、Uの字部分はふしめん、太い部分はばちめんと呼ばれ、時に商品にもなります。ちなみにばちめんの「ばち」は三味線のバチのことです。
太めのそうめんはこうした調理例が記載されがち。釜揚げそうめんか。まだたくさんあるし、今度試してみよう。
もうひとつ面白い記述がありました。
「あまり麺の水洗いはせず軽く仕上げてください」
へー。これも珍しい。普通はむしろ逆。しっかり水洗いすべしと書かれていることがほとんどです。
ゆで時間は約3分半~4分となっています。2分あたりから一本ずつ取って確認していたのですが、2分半あたりでいい感じになりました。2分半でざるに上げ、これまた説明を無視してしっかり水洗いw
弾力とのど越しが気持ちい大矢知手延べそうめん
まずはそのまま。
いやー、おいしいなぁ。そして面白い。
太めのそうめんは極細うどんとも言えるようなコシになりがちです。その点、金魚印 大矢知手延べそうめんは中心部に手延べそうめん特有のコシを残しています。
噛んだ瞬間はプリッ。上下の歯と歯がぶつかるその刹那、単なるコシのグラデーションではなく、表層とは明らかに異なるかすかなプチっという歯切れ。
私は小豆島の銀四郎麺業のそうめんを思い出しました。2層の異なるコシが特徴的なのですが、金魚印 大矢知手延べそうめんはこれをそのまま太くした感じです。
ツルッツルな舌触り、のど越しも気持ちいい。風味豊かで食べ応えがあります。
金魚印 大矢知手延べそうめんをくれた方から教わった食べ方。擦ったきゅうりと麺つゆを合わせます。こうして食べたのは初めて。爽やかでいいですね。
二日目は表記通り3分半ゆでてみました。
そうめんに透明感が出ました。中心部の芯がなくなり、麺全体がプルンという優しい弾力になります。あえてたとえるなら稲庭うどんに近い食感です(※)。こちらが本来の大矢知素麺なんでしょうね。
大矢知手延素麵はコシが強いという触れ込みなのですが、私はそこまで強いとは感じません。それよりも口にトゥルンと吸い込まれていく気持ちよさが一番の魅力じゃないでしょうか。
※稲庭うどんも手延べなので、食感が似ていても不思議ではない
私は細くてブチブチッと歯切れのする強いそうめんが好みです。なので、2分半ゆでの方が好きです。ただ、3分半ゆでが正解だとも思います。
2分半ゆでの感じはわざわざ大矢知素麺を選ばずとも、他のそうめんで味わえます。大矢知手延素麺らしさを味わいたいなら、3分半ゆでたほうがいい。
そうめんよりも冷麦・うどんの方が好きという連れは3分半ゆでを絶賛していました。ちょっと太めで、プリッ、モチッとした弾力の麺が好みという方はぜひ一度。
同じ大矢知手延素麺、同じ金魚印でも製麺所によって違うようなので、各製麺所の手延べそうめんを食べ比べてみても面白いでしょうね。
愛のバイアス
「小学校までの道沿いに何軒も製麺所があって、表にそうめんが掛けられている光景を見ながら通学してました」
大矢知手延べそうめんをくれた方がそう言ってました。感動的だなぁ。
延ばしたそうめんは最後に門干し(天日干し)をします。ハタと呼ばれる棒(前出の棒)に掛けられたそうめんを屋外に出して干すのです(近年は屋内で門干しをすることの方が多くなってきている)。
手延べそうめんの産地では門干しの光景が冬の風物詩(※)となっているのですが、澄んだ晴天の下で干される細くて白いそうめんはとても美しい。
小さい頃からそんな光景を目にしてきた人たちにとっては、このそうめんこそが最高のそうめんなんですね。今回、大矢知手延素麺を調べていても、地元の方々の大矢知手延素麺に対する愛情を強く感じました。
要はバイアスってことなんですが、これはすばらしいことです。"おいしい"は舌で感じるのみじゃありません。
「小さい頃から地元で作られるのをずっと見てきたこれが一番」
そう感じること、そう感じさせてくれるものがあること、それこそが幸せだと私は思います。
大矢知手延素麺の3ブランド
以下は正確性を保証しません。
大矢知手延素麺には金魚印、扇印、三重の糸という3ブランドがあり、独自のものしか作っていない製麺所が1つあります。ブランドの差は小麦の差とも言われています。
金魚印(大矢知手延麺業組合)
三重の糸
- 三重の糸大矢知手延素麺株式会社
大矢知町1207-6
扇印
- 大矢知手延素麺協同組合(伊藤一昭)
三重県四日市市大矢知町265
独自
- 前川製麺所
蒔田二丁目12-23
カネスエ製麺所(大矢知町1237-2)は三重の糸も作っているのですが、大矢知手延素麺ブランド話になるとリストに列挙されることがありません。なぜだろう。"大矢知"よりも"伊勢"でブランディングしようとしているから?
詳しくは後述しますが、三重の糸大矢知手延素麺株式会社の前身は三重の糸大矢知手延素麺協同組合でした。大矢知手延素麺協同組合(伊藤一昭)もあるのですが、両者は別組織です。
なお、三重の糸ではなく三重の白糸(金魚印)という商品もあります。
なぜ金魚?
金魚印ブランドの商品パッケージや箱には金魚が描かれていることも多いです。なぜ金魚なのでしょう。
以下は推測です。
江戸時代後期、奈良県の大和国郡山から前ヶ須(愛知県弥富市)に金魚が伝わり、明治以降、弥富では金魚養殖が盛んになります(弥富金魚)。
弥富市の対岸(木曽川・長良川・揖斐川を挟んだ向こう岸)は三重県桑名市。揖斐川沿いにある鎭國守國神社では5月に金魚まつりが開催されます。金魚みこし、金魚すくい、金魚販売などで賑わうそう。
そんな桑名市にほど近いのが四日市市大矢知町。この地域でも金魚が身近な存在なのかもしれません。
参考/鎭國守國神社:神事
大矢知手延素麺の歴史
江戸時代、旅の僧が朝明川畔の農家に一夜の宿を乞い、その親切なもてなしのお礼としてそうめんの作り方を教えた。というのが大矢知手延素麺の始まりと言われています。
明治初期、兵庫県武庫郡深江村の田中栄五郎らによって灘式のそうめん作りが伝えられ、大矢知地区で本格的なそうめん作りが広がったそう。最盛期(大正時代)には大矢知地区およびその周辺地域で300戸以上の生産者がいたと言います。
その後、機械製麺の隆興により生産者の数は減り、2020年3月現在の大矢知素麺・冷麦の事業所数は12軒となっています(その後、数軒廃業)。
なお、1952年に三重の糸大矢知手延素麺組合が発足します。この頃、上記の別ブランドが三重の糸から分かれます。1998年、同組合は三重の糸大矢知手延素麺協同組合となり、2010年代半ば頃でしょうか、組合員数の減少に伴って株式会社化されました。
余談ですが、手延べ冷麦の製造方法は三重の糸大矢知手延素麺組合の人見実氏によって考案されたと言われています。
大矢知手延素麺の課題
個々の事業所に産地全体の展望について尋ねたが、いずれも産地存続のための努力の必要性は認めつつも、産地としての共同の取り組みについては必ずしも積極的ではなく、まずは個々の事業所がそれぞれの強みを発揮すべきとの意見が多かった。個々の事業所の独立心の強さは大矢知産地の強みでもあるが、そのこだわりの強さゆえに、産地としてのまとまりに欠けるのが大矢知産地の課題といえる。
「まずはそれぞれががんばるしかないだろう」
「他産地に負けないよう一致団結しよう」
こういう類はなかなかまとまらないのが常。軒数が少なくても、いや、少ないからこそ、いろいろね。
思うことはたくさんありますが、それを書き連ねるのはやめておきましょう。
(公財)三重北勢地域地場産業振興センター・国立大学法人三重大学のレポートが大変興味深い内容なので、詳細は下記リンク先でどうぞ。
名称 | 金魚印 大矢知手延べそうめん |
原材料名 | 小麦粉(国内製造)、食塩、植物油、でん粉 |
販売者 | サンコク |
製造者 | 有限会社松永製麺 |
評価 | ★★★★☆ |