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コハダコーヒーは落語家・柳家小はださんの間借り喫茶店。コクのあるコーヒーはまさに天香地濃で、人懐っこい店主に癒されます。

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出世魚というやつをみなさんご存じでしょうか。成長するに従って名前が変わる魚を出世魚というのですが、有名どころではブリやスズキが出世魚ですね。スズキはセイゴ、フッコ、スズキと名前が変わり、ブリはイナダ、ワラサ、ブリと変わる。

寿司屋でよく見かけるコハダも一般的には出世魚と言われています。シンコ、コハダ、コノシロと。ただ、果たしてこいつを出世魚と呼んでいいのだろうか、という考えもありまして。

というのも、成長に従って名前は変わるんですけどね、商品価値は下がっていくんですよ。シンコよりコハダのほうが安い、コハダよりコノシロのほうが安い。価値が下がっていく成長を"出世"とはこれいかに。ですから、シンコ/コハダ/コノシロは出世魚だけど出世魚じゃないという、ある意味、矛盾した魚なわけです。

さて、矛盾と言えば、商売ってのは長く続けばいいとされていますが、世の中には長く続かない方がいい商売ってのがありまして、これもまあ矛盾でしょう。けったいな話に聞こえるかもしれませんが、今回はそんな矛盾した商売についてひとつ……

本題

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学芸大学駅から徒歩2分。東口商店街の裏手に広がる飲食エリア・十字街にコハダコーヒーという喫茶店/カフェがあります。2020年8月中旬ごろにプレオープンして、正式なオープンは8月28日だと思います。

※追記:その後、さまざまな場所でやるようになりました。詳細はツイッターやインスタグラムでご確認を。追記以上

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写真をご覧の通り、焼酎呑ミ処 2nd.という焼酎バーの間借りです。基本的には火曜日と日曜日の13:00~18:30に営業していますが、"本業"との兼ね合いで休んだり、あるいは別の曜日に営業したりもあるのだそう。営業日はインスタグラムでご確認を。

コハダコーヒーの店主は落語家の柳家小はださん。学大が地元で焼酎呑ミ処 2nd.にも飲みに来ていて、そんな縁からコハダコーヒーを始めたのだとか。

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まず最初にお断りを。私はコーヒーがさっぱりです。まったくわかりません。コーヒーが嫌いというわけではありませんが、一番好きなのは甘ったるい雪印コーヒーです(これをコーヒーと呼んでいいのなら)。そんな人間がこだわりのコーヒーを飲みに行っているとお知り置きの上、以下どうぞw

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焼酎呑ミ処 2nd.には何度も来ているので、店内はわかってます。詰めればカウンター8人、テーブル4人くらいは座れます。夜と違って明るいので、そして着物姿のきれいな女性がいたり、間違いなく落語家だろうという風情の方がいたりで、いつもとちょっと違う雰囲気。あ、焼酎呑ミ処 2nd.の女性客もかわいい子ばかりだけどねw

「アイスコーヒーに牛乳をお願いします」

牛乳ってw 言ったそばから自分で笑いそうになりました。けど、正解はなんだろな。アイスミルクコーヒー? アイスカフェオレ? こんなレベル。スターバックスには行ったことないですよ、ええ。

「ひろぽんさんですよね。いつもブログ拝見してます」

「あ、ありがとうございます」

「こちらはどうして」

「SNSか何かでたまたま見かけたんだったかなぁ。もちろん、前を通って気づいてもいましたが」

この日も武蔵小山へ買い物に行く予定だったのですが、十字街を通ったらコハダコーヒーの看板が出ていたので、フラリと寄ってみたという次第。雨が降ってきそうだったので、結局、コーヒーを飲んでそのまま帰ることになるわけですが。

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大きなグラスに氷を入れてミルクをたっぷり。そこにあらかじめ冷やされていた深煎りのコーヒーを注ぎ入れます。コーヒーをミルクで割るんじゃなくてミルクにコーヒーを落とす、か。※1

コハダコーヒーのアイスコーヒー(+ミルク)

濃厚なミルクにしっかりとコーヒーのコクが移っています。ミルクの甘みとコーヒーの香ばしさ。たるいコーヒー牛乳が好きな私でもわかるぞ。これはおいしい。

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コーヒーにはお手製のビスコッティがついてきます。ポリッとこいつもまぁうまい。

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灰皿にはコーヒーのあれ。ガラ? なんて言うんだっけ?

Tronc(トロン)ってあるじゃないですか。ご紹介ありがとうございます。Tronc(トロン)おいしいですよねぇ。たこ焼きが大好きで、白川(※カリタコ楽にリニューアルし閉店)でバイトしてたくらいなんです」

「そうなんですか」

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地元つながりなのか、焼酎呑ミ処 2nd.つながりなのか、客のほとんどは柳家小はださんの知り合いでした。みんなにイジられてますw

「コーヒー"は"繊細だね」(客)

「芸は雑だけど」(柳家小はださん)

「こっちを本業にすればいいのにw」(客)

「一度、芸を見てから……いや、見てそう思われたらマズいなw」(柳家小はださん)

後日、焼酎呑ミ処 2nd.で店主の池田君がこんなことを言ってました。

「落語を観に行ったら、誰よりも多くの声援が飛んでいた」

こうして知り合いがいっぱい来てくれてることからしても、柳家小はださんがいかに愛されているかということがわかります。チョコチョコ動き回る小動物みたいで、なんだかかわいらしいw

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「もともとコーヒーがお好きだった、ということなんですよね。家でもこうして淹れてたんですか?」

「はい。独学なんですが。都立大学にDUN AROMA(ダンアロマ)という喫茶店がありまして、豆のこと、焙煎のこと、包み隠さず何でも教えて下さって」

「けど、焙煎って大きな機械が必要なんじゃないですか?」

「これくらいの量なら銀杏を煎るみたいに焙煎できますし、家庭用の焙煎器もあるんです」

「コーヒーのおいしさを最大限に味わうにはやっぱりブラックのホットなんですかね?」

「そうですねぇ。けど、(背後の芋焼酎の瓶を指さしながら)ロックで飲むのもいいし、水割りにしてもいいし、という感じなので」

「もう一杯お願いしようと思ってて、だったらせっかくなので……」

「じゃあホットのブラックにしましょうか。深煎り、中煎り、浅煎りがありまして、それぞれ豆が違うんです」

「あまり苦くてもあれだし、中煎りでお願いします」

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お湯であれやこれやを温めつつ、ロート状のあれに紙をセットして、あらかじめ挽いておいた豆を入れ、新たに少し豆を挽いて加えて、少しずつお湯を注いでいきます。

ひどい説明だ。ほんとコーヒーに暗いんです。提灯でも借りたいところ。※2

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フチの欠けたマグカップ。口にあたる部分ではないので問題ないのですが、醤油入れにでもされたらマグカップもやるせなかろうw ※3

マグカップからはコーヒーの香ばしい香りがふわり。

ほのかな苦み。その向こうに隠れるように、かすかな酸味。それらをすべて包み込む香ばしさ。あとから現れるコク。

江戸中期、蘭学者・阿部幸盛(あべのゆきもり)が初めて珈琲なるものを口にした際、その味をこう評しました。

「天香地濃(てんこうちこく)」

と。

コーヒーの天に昇るような香りと地を這うような深いコクを言い表した言葉です(出典:珈琲奇譚/民明書房)。まさにそんな感じ。※4

「本当はミルクとシロップをいっぱい入れるのが好きなんですけど、それって邪道ですよね」

「あ」

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「こちら、どうぞ」

「いえいえ、大丈夫ですよ。すみません」

こういうのもあったのか。コーヒーミルの陰で見えなんだ。※5

けど、ガムシロップがほしくてそう言ったわけではありません。なんとなしに聞いただけ。仮にあることがわかっていたとしても、そのまま飲んでいました。甘いコーヒーが好きな私でも飲めるくらいおいしかった、ということです。

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結局、コーヒーのことはまったくわからず、こんなに年を取ってしまったんだけど、でも、わからないなりにもなんだかわかる。うん、これはとてもいいコーヒーだ。

「お勘定をお願いします」

「1400円です」

ん? そんなするかな。まあいいや。2000円を渡します。

「960円のお返しです」

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緊張で1040円を1400円と言い間違えたんだろう、ということは瞬時にわかりました。ただ、あとでよくよく考えてみても計算が合いません。逆算してブラックは2杯目だから100円引きなんだろうな、と推測。それなら計算がピッタリ。

サゲ

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柳家小はださんはこの4ヶ月前、2020年5月に二つ目に昇進したばかりです。二つ目が2nd.でコーヒー屋か……。

二つ目は前座より大変だそう。しかも、このご時世。高座に上がる機会も激減しているのでしょう。少しでも生活の糧にとコハダコーヒーを始めた――と人づてに聞きました。

おいしいコーヒーですから、まさに天女の羽衣が岩を擦り切るかのごとく、長く続くといいのですが、本業はあくまで落語。本業が忙しくなり、コーヒー屋をやっているような余裕がなくなることが理想なわけでして、そういう意味ではこのコーヒー屋は長く続かない方がいいという、なんともおかしな矛盾。※6

学大出身の落語家が淹れるコハダコーヒー。短い期間かもしれませんが(そして短い方がいいわけですが)、一度味わってみてはいかがでしょうか。ほんとにおいしかったですし、なんともいいキャラで、ホッとしますよ。タンブラーなどを持参すればテイクアウトもできます。

焼酎ではなくコーヒーだから、最後はどちらかというと恐惶謹言だろうな。※7

SHOP DATA

【野暮】

※1 落語・二人旅のサゲのバリアント。
「おい、ばあさん、ひでえな。水で割ってあるんだろう」
「なにを言ってるだ。そんだらもったいないことはしねえ。水に酒を落としますだ」

※2 落語・道灌のサゲより。
「都々逸? おめえ、よっぽど歌道が暗ぇなぁ」
「カド(角)が暗ぇから、提灯借りに来た」

※3 落語・備前徳利のサゲより。
「いやぁ、えらいことになった。このところ口が欠けたので、とうとう醤油徳利にされてしまった」

※4 もちろんデタラメです(民明書房)。元ネタは落語・牛ほめ。
「天角地眼一黒鹿頭耳小歯違」

※5 落語・手紙無筆のサゲより。
「お平の陰で見えなんだ」

※6 落語・寿限無より。三千年に一度、天女が下って来る際、羽衣の裾が下界の岩をさっと撫でる。これが繰り返され、岩が擦り切れるまでの時間の長さが一劫=とてつもなく長い時間。落語・寿限無で唱えられる長い名前の中の「五劫(ごこう)の擦り切れ」はその5倍の長さ。

※7 落語・たらちねのサゲより。
「めしを食うのが恐惶謹言なら、酒を飲むのは"よって"件のごとしか?」

なお、「備前徳利」以外は柳家小はださんが過去に口演したことのある演目。

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