この世のありとあらゆる称賛の言葉を詰め込んでも物足りない。居酒屋・晩酌 銀紋(ぎんもん)を紹介するにあたって、最初にそう書いておきましょう。居酒屋? いや、あえて赤提灯と呼びたいですが。
池尻大橋駅、中目黒駅、祐天寺駅から徒歩15分弱。学芸大学駅、三軒茶屋駅からだと25分ほど。山手通りの青葉台一丁目交差点と野沢通りの蛇崩交差点の中間あたり、東山の頂上とも言える場所にある晩酌 銀紋。
先日、日中にたまたま店前を通り、「こんなところにこんなお店があるのか」と驚き、数日後、さっそく行ってみました。
外観は渋い赤提灯。しかし、扉を開けると30代半ばから40代くらいと思しき若い二人の女性が出迎えます。
お通しを肴にホッピーを飲みつつ注文を考えていると、赤い服の店主が話しかけてきました。
「初めてですよね」
「ええ」
「ありがとうございます。どうしてこちらに」
「先日、この前を通りかかって、こんなお店があるんだぁと思って」
「気に留めて頂けたんですね。ありがとうございます」
「渋い大将がやってるのかと思ったら」
「こんな二人がやってます(笑) 以前は32年続いていた『鳥よし』という焼き鳥屋さんだったんです。1年ほど物件を探していたんですが、ちょうどここが空いて、自分たちで壁を塗り直したりして」
「この前はどこかでおやりになってたんですか?」
「私は初めてです」(背の高いキレイな方)
「私は少し。新橋のクラブでチーママをやってたんですが、赤提灯をやりたくて」(赤い服のカワイイ方)
※背の高い方は店を辞めました。2019年4月現在は赤い服の方と男性の二人でやってらっしゃいます
それにしてもこのお通し。えのきを炊いたものですが、とてもおいしい。料理への期待が膨らみます。
まずは豚バラ串。塩、スパイス、タレから選べます。スパイスはクミンと言うので、それでお願いしました。
表面はパリッとしつつ、脂はジューシーで肉は柔らかい。クミンがしっかりに香ります。うまい。
続いて自家製コロッケ。
中濃ソースとウスターソースが供されましたが、もちろんつけません。ジャガイモの甘み、かすかな塩味(えんみ)。しっとりフカフカのタネとパリッと揚がった衣。極上です。
「銀紋ってどういう意味なんですか?」
背の高い美人さんが答えます。
「実家が造り酒屋で、これを造ってるんです」
そう言って、銀紋の一升瓶を取り出しました。あ、ほんとだ。メニューには銀紋ってあるし、棚の上にも瓶が飾られてるし。
「そうなんですか。どちらの酒蔵ですか?」
「秋田の湯沢です」
「せっかくなので、あとで頂いてみますね」
今調べたところ、明治7年、1874年創業の老舗酒蔵・両関酒造でした。すごい。
「前にお店をやってなかったって言ってたじゃないですか。なのにこんな料理ができるなんてすごいですね」
「料理が好きで家ではよく作ってたんです」
改めてメニューを見てみます。メニュー構成もすごい。酒飲みにとっては完璧なラインアップです。
「お二人ともお酒が好きなんじゃないですか?」
赤い服のカワイイ方が答えます。
「私は飲みますが、彼女はコップ一杯のビールで顔真っ赤」
「そうなんですか。いや、メニューを見ると酒好きなんだろうなぁと」
「私がメニューを考えてるんですが、こういう居酒屋メニューが好きで」
「店を出す際、他に候補地はあったんですか?」
「三軒茶屋で考えてたんですが、家賃が高くて。そうしたら、赤提灯の値段じゃ出せないじゃないですか」
話しながらも手は止まりません。料理をして、洗い物をして、注文を取って、出して。二人の動きは流れるよう。けど、せわしなくは見えません。動きがあまりに見事で、二人のさまを見ているだけで酒が飲めます。
カウンターには私とご近隣のお父さんが二人。背後の小さな小上がりにはサラリーマンが二人。私以外はみなさん馴染みの方のよう。サラリーマンが自家製煮豚を注文しました。おっと。私もそれを頼みたかった。
「すみません、僕も煮豚お願いします」
しっかりと煮込まれていますが辛くない。酒のつまみとしてこれ以上ないほど絶妙な焼きの入れ方、味のつけかた、浸かり方。最高です。ここで両関 銀紋をお願いしました。
ふんわりとした米の甘みに気を取られそうになりますが、見逃せないのは水。とてもまろやかです。うまい。
赤い女の子はボールにひき肉を入れています。そんなメニューあったかな。ああ、塩ニラつくねか。
「つくねって豚なんですね」
「そうなんです」
「じゃ、それお願いします」
丁寧に焼かれて出てきたつくねがこちら。
とても大きいつくねです。ひと口食べ驚愕します。すごい。恐らくあえてなんでしょうけど、練っていません。もちろん、ひき肉、片栗粉、ニラ、塩をボールで混ぜているのですが、混ぜて軽く馴染ませる程度。しっかりと練っていません。結果、プリプリのつくねではなく、口の中でホロっとほどけるつくねになっています。
ばんのような豚つくねもうまい。あれはしっかり練ってプリッとさせて、軟骨を加えることで食感にバリエーションを出しています。一方、銀紋のつくねは違うタイプ。そしてその具合が見事です。添えられたフランス・ゲランドの塩がなくても十分。
あ。
そういえば、頼んだのすべて豚だ。でも、日本酒・銀紋が豚料理にちょうどいい。つくねを食べ終え、ゲランドの塩を舐めつつ、日本酒をチビリ。
若いねーちゃんがレトロな赤提灯をマネて作ったわけじゃない。すべてがガチです。
ことさら昭和を押し出すわけでもなく、居抜き物件をそのままナチュラルに普通の居酒屋に仕立て上げています。
このメニュー構成は本当の酒飲み、酒好きじゃないと作れません。ひとつとして無駄がなく、すべてが酒飲みを魅了するメニュー。
料理はどれもこれも絶品です。本当の料理上手が作る、酸いも甘いもわかった大女将が作るようなクオリティ。
このBGMはなんだ? ゴールデン街で流れていそうな……。そういや、この赤い子はゴールデン街のママでもやっていそうな雰囲気だ。
過剰に一見を気遣いません。もちろんそんなことはないのでしょうけど、じっくりと店を観察する猶予を一見に与えているかのよう。あるいは、最初からあれこれつつき過ぎるのは野暮と思っているのかもしれません。ないしは、単に怪しまれていただけだったり?w
かといって、常連に対しても馴れ馴れしいわけじゃありません。この距離感も素晴らしい。
銀紋ができたのは2015年9月とのこと。居酒屋未経験の女性二人が、1年足らずでこんな店に仕上げるとは……。10年、20年やっていると言われても違和感のない馴染み具合。完璧。あまりにすごすぎて恐ろしさすら感じます。天才的さじ加減。
まだまだ足りない。鳥の唐揚げを2度揚げ(3度揚げ?)していたこと、焼き終えるごとにグリルを拭いていること、3~5枚ほどのまな板を使い分けていたこと、包丁はヘンケルス(ぽいやつ)、七味はやげん堀、アルミの灰皿。
めまい。
東山の頂にある晩酌 銀紋は開店1年も経たずして、すでに赤提灯界の頂にあります。
本物の赤提灯(2019年4月24日追記)
幾度となく行こうとして、けど、タイミングが悪かったのか定休日(水曜日)ということを知らずに行っていただけなのか、いつも閉まっていて、ずっと行けずに約3年が経ちました。今回、諸事情あって再訪しました。
酎ハイ、塩豆腐(お通し)、マカロニサラダ(300円)。
いわし刺(500円)にはもちろん銀紋(350円)。
生タラフライ(500円)にプリンスソース。
撮るより前に口をつけざるを得なかったきれいな生ビールと、やっぱり外せない自家製煮豚(400円)。どの料理もでたらめにうまい。そして安い。
辺鄙な場所にもかかわらず、どんどん人がやって来ます。けど、特に驚きはしません。いいものが正当に評価されてる、ただそれだけのこと。
カウンター下の棚には80年代の雑誌が詰め込まれていました。お客さんが持ち込むのだそう。
創業30年の味をたった4年で、いや、オープン時から醸し出している晩酌 銀紋。しかもそれは取り繕われたものじゃない。昭和レトロをなぞろうとしているわけじゃない。素のままが内から滲み出ています。これを何と言うか。本物と言うのです。
SHOP DATA
え。
ちょっと待て。
え。
いま改めて晩酌 銀紋を調べてみたら。
https://twitter.com/mayuboun/status/667784302231334912
赤い服の子のtwitterにアップされていた、おっきい方の美人。
が、
https://twitter.com/BFTGJP/status/748493683150843904
http://natalie.mu/music/news/149715
Texaco Leathermanというガレージ・パンクバンド、そしてマリア観音という「三宅裕司のいかすバンド天国」にも出演したことのあるハードコア・ロックバンドのベーシスト!?
しっとり秋田美人女将と思いきや。何このギャップ。
さらにめまいw
※先述の通り、この方はもういらしゃいません