飲んべえにはたまらない街・西小山。西小山の夜を散策していると……。
おや? こんなところにこんな居酒屋あったかな? なんて店だろう。
えええええ! 「いやさか」じゃないですかっ! まじですかっ! この日は次回のための散策のつもりでした。けど、これは入らざるを得ません。「いやさか」に気付いた瞬間、もう右腕が扉を開けていました。
西小山駅のロータリーから北西に伸びる西小山商店街(にこま通り)。北端は角にセブンイレブンのある交差点です。そこから先はニコニコ通り。この交差点を左折する通りはかつて共栄会という商店街だったようです。
追記:後日、老舗果物屋「たなか」のご主人に聞きました。そうしたら、共栄会はまだあるとのこと。そうなんだ。洗足北共栄会もたぶんあるかもです。
ちなみに、ここが共栄会と洗足北共栄会の境目。街灯が違います。共栄会は緑とオレンジ、洗足北共栄会は白。ここに限らず、街灯の違いで商店街がどこまでかがわかったりします。武蔵小山の平和通り商店街と平和通り商店街西部会なんかもそうです。学芸大学・祐天寺の中央中通り商店街と清水商店街はゲートでわかったりしますね。追記以上。
さてさて。
先述のセブンイレブンのある交差点を左折するとすぐに下山稲荷が見えてきます。そのはす向かいにある居酒屋が創業36年になる「いやさか」です。
以前は先述の交差点を右折した先、立会川緑道の脇にありました。旧「いやさか」の土地はマンションになります。そんなわけで、こちらに移転したようです。
というような話は、後ほど、ご主人から詳しくうかがいましょうか。いずれにせよ、潰れてなくなったと思っていた居酒屋にバッタリ出くわしたので、そりゃ行かなきゃいけないでしょう。
新築の香りすら漂うとてもきれいな店内です。やってらっしゃるのは60代の男性。緑の長袖にピンクのポロシャツを重ね着しています。顔つきもファッションも若々しい方です。カウンター上に貼られているメニューから「いやさかサワー」を頼みました。
ジンジャーエールと焼酎でしょうかね。甘くて好きな味。おいしいです。
お通しは鶏肉の肉じゃが。こちらもおいしい。さて、と。
「こちらにはいつ?」
「1年ほど前です」
「なくなったと思ってたんですが、こちらに移転していたんですね」
「あそこは5階建てのマンションになるんですが、そこには入れないので」
「とんかつ屋さんとかはどうなっちゃったんでしょう」
「どうでしょう。おにぎり売っていたお店もクリーニング屋さんも、もう商売やらないって言ってましたし、おそらくこのまま閉めたんじゃないでしょうかね」
「みなさんご高齢ですしねぇ」
「そうですね。今から店を作るったって、お金もかかりますしね。実は私ももう辞めようかとも思ったんですよ。だけど、このマンション建てる際、結局、店も作っちゃって。作ったからには、その分くらいは回収しないと(笑)」
お話しぶりからすると、どうやらこの建物はご主人がオーナーさんのよう。あとでわかったのですが、隣の玄関の表札はご主人の性と同じでした。
マンションを建てたりするような方ですから、当然、そっち方面の話にとてもお詳しい。
「あそこ(旧店舗の一帯)に限らず、西小山も開発がらみの工事とか多いですよね。先日、この先の『やきとり ふじ』に行ったんですよ。あそこも道路の拡張に引っかかりそうだしなぁ」
「あそこは確か引っかかってますね。都の場合、道路の拡張はメートルで切られるんですね。そうすると、買い取ってもらえない土地がほんの少し残ったりする。そんな土地が余ってもどうすることもできないじゃないですか。固定資産税がどんどん出て行くだけ。だから、目黒区では広めに収用するため、周囲にも働きかける。こうすれば確かに変に土地が余って大変という人も減ります。ただ、これをやろうとすると、時間がかかるんですよね」
「僕は学芸大学のほうに住んでるんですけど、都道420号というか、26号線というか、五本木まで真っ直ぐ通す道がぜんぜん進みませんね」
「この前の道もそう。計画自体は戦前からあって、戦後に整備が始まったのに、まだですからね。もう70年ですよ。本当は環七と環八がつながってなきゃいけないのに(笑)」
ん? もしかしたら、山手通りと環七のことかな? 私が聞き間違えたか、ご主人が言い間違えたか、あるいは本当に環七~環八をも含んでいるのか。ま、いっか。
「古いお店がどんどん減っていくのが寂しくて。続けようにも建て物自体が古いから、仕方ないんでしょうけどねぇ」
「(西小山)駅前の大きな駐車場も、ビルを建てるって言ってた最初の不動産屋が撤退して、その後の不動産屋もなかなか進めませんね」
「仮にできたとしても、家賃高いだろうから、客単の高い店になって、庶民的な店をやるのは難しいでしょうしね」
「あるいは回転を上げるか、ですね。だから駅前はラーメン屋ばかり。いつの間にか西小山はラーメン激戦区になってますよ。あとは大箱の安い居酒屋ね。ああいうのができると、ウチみたいな個人店は辛いですねぇ」
こういう生の話が聞けるってのはとても貴重な経験です。
「えーっと……何にしようかな。ハムカツ下さい」
「はい」
大きな四角いハムカツが2枚。サクッとおいしい。
「学芸大学ということは、クレープ屋知ってます?」
「ええ。クレープ屋には行ったことがないんですが、隣の『美好』という居酒屋さんにはちょくちょく行きます」
「そうですか。いや、そこで働いている子が知り合いで」
「そうなんですか。確か何人かいるんだよなぁ。みんなかわいいイメージがあります(笑) そうだ。『いやさか』ってどういう意味なんですか?」
「北海道の民謡で『いやさか音頭』というのがあって。そこからです。両親が民謡をやっていて、店の名前になりそうな、なんかいいタイトルはないかなぁと。あと、これは後年わかったことなんですが、いやさかって"弥栄"とも書けて、ますます栄えるって意味なんだそうです。新年の皇居の一般参賀でも『弥栄!』って言うらしいですね」
客は私一人。その後もいろいろな話をしました。ご主人がやってらっしゃるテニスのこと、形成外科で大変な目にあったということ、ラグビーのこと……。話し好きな若々しいご主人。優しい表情で初めてなのにとても話しやすいです。
※追記:その後、上述のクレープ屋「Ciel(シエル)」に行きました。そして、「Ciel」でこの時のことも話をしました。詳細は以下の記事をどうぞ。
クレープと酒とハスキーボイス。学芸大学の「ciel(シエル)」は夜までやっている、お酒もあるクレープ屋さん。B.L.T.と本気のツナはお酒にも合うクレープでした
ここへ来る前にご飯を食べていたので、もうお腹いっぱい。お会計をして店を出ました。そして、目の前の通りを北東へずっと歩いていきます。緑道の脇には「いやさか」旧店舗。西小山駅方面へは整備されきれいになった太い道路。
以前、ここを通った時は、とても居心地が悪かった。けど、それが少し和らぎました。「いやさか」がまだ残っていたから。それに、古いお店がなくなっていくことを寂しく思うのは、身勝手なセンチメンタリズムとも言えるわけでして。
関連記事:「御食事処 とん吉」(西小山)で食べたカツカレーの奥深さ/「勝よし」「とんかつ 三樹」「いやさか」の現状を見て感じた焦燥
古いものは失われ、その代わりに新しいものが生まれる。いつの時代だって、どの地域にだってよくあることじゃないか。自分にそう言い聞かせ、新しい道を西小山駅方面へと向かいました。
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