生意気なことを言います。
私はそうめんを100種以上食べ、このブログでレビューしてきました。そして各そうめんを5段階の★で評価しています。そこらの人よりもそうめんのことを知っているつもりです。
そんな私が例外的に★6をつけたそうめんがひとつだけあります。南関そうめんです。けど、南関そうめんが唯一の例外ではなくなりました。今回、坂利の手延素麺に★6を与えることにより。
穏やかな香りが心地いい坂利の手延素麺
素麺発祥の地とされる奈良県桜井市の三輪地方から東へ18kmほど行った山間にある株式会社坂利製麺所(奈良県吉野郡東吉野村)。坂利製麺所は何種ものそうめんを作っているのですが、おそらくこの坂利の手延素麺がメインの商品。
パッケージがとてもいいですね。この絵は江戸時代のものか、あるいはそれを模したものか。
成城石井 柿の木坂店で購入しました。379円(税抜)/250g(50g×5束)。一般的なそうめんの量・300gに換算すると454円。揖保乃糸が300円/300gくらいですから、少しお高めです。
このようなパッケージで、商品名が純国産小麦の手のべそうめんという商品もあります。そうめん自体は坂利の手延素麺と同じです(坂利製麺所談)。このそうめんについては、またのちほど。
裏面にはイラスト入りで茹で方の解説があります。加工食品品質表示がシールになってしまうほど丁寧な解説です。
柔らかくて甘くて香ばしい小麦の香り。そうめんは細くてしなります。ゆで時間は2分とありますが、1分45秒で上げました。
私の中のそうめん像が崩れた
そのままひと口。
あああ。
私の中のそうめん像が崩れます。
私は歯切れと呼んでいるのですが、ブチブチッとした強いコシのあるそうめんが好みです。この坂利の手延素麺はそういう歯切れではありません。ムチップリッ。心地のいい歯切れではありますが、このタイプは★4になりがち。私の好みではないはず。なのに……いい。とてもいい。
小麦の風味がしっかりと感じられます。ただ、決して濃厚というわけではなく、とても優しい。もっと強く甘味を感じる素麺が好みなのですが……いい。とてもいい。
要は坂利と私の好みが違うということ。じゃあ私の評価が下がるかというと、この素麺においては逆。
「人にはいろいろ好みがありますよね。わかります。けど、私たちはこれが最高だと思って作ってます。私たちの思う最高のそうめんがこれなんです」
坂利の手延素麺は私にそう語りかけてきます。
もっとコシを強くしようと思えば強くできる。小麦の風味をもっと濃くしようと思えば濃くできる。けど、そうしない。狙ってこのコシ・風味を出している。そう感じさせるのです。
作り手の強いこだわり・想いは、時に人の嗜好さえも無化する。当然、私にも好みはありますが、この素麺はそんな好みを超えてしまいました。
これは★5では足りない。ただ、軽々に★6を与えることはできません。相当に熟慮を重ねました。結果、★6。
今回、そうめんに合わせたのは宇部蒲鉾(株)/宇部かま(山口県)の清水さやぬき 蒲さし。学芸大学のバー・プレミアワンの店主・健作君からもらいました。このかまぼこもおいしいし、坂利の手延素麺の優しい風味にもぴったり。
好みではないのに感動的な味
私が食べた翌日、残った1束を連れに食べさせました。
「★6だぜ」
ひと口食べた連れは首をかしげます。
「おいしいけど、この前食べた小豆島のそうめん(※十勝育ち)のほうが好きだなぁ」
それでいい。それが普通なんです。他の人が食べても、「これが★6?」と思うかもしれない。けど、それでいい。私は好みの向こう側を見てしまった。そうめんをそんな風に食べていることのほうがおかしいんです。
この★6はうまい・まずいの話じゃありません。好き・嫌いですらない。じゃあ何かと言われてもうまく言語化できないのですが、100種以上のそうめんをおいしいだの好きだのといった基準で判断してきたつもりだったのに、そんな基準が通用しないものに出会い、自分が抱いていた「おいしいそうめんとは」という定義を壊されたことに対する衝撃・感動。これを★6で表しています。
「そこらの人よりもそうめんのことを知っているつもりです」
ああ、冒頭で何と恥ずかしいことを……。100種食べて来てもなお、そうめんのことをわかっていなかったじゃないか。
でも、恥を上塗りして最後にもうひとつ生意気をぬかそう。
100種以上のそうめんを食べて来た人間が"例外"としたそうめんだ。一度食っとけ。
パッケージ・商品名違いの同商品はもっと穏やか
2022年8月、こだわりや 三軒茶屋店で純国産小麦の手のべそうめん(443円)を見つけました。前出の坂利の手延素麺と中身は同じです。
丁寧な説明。茹でる鍋の種類まで掲示しているのは珍しいw
細くてしなやか。優しい甘い香り。
ムチッ、プニッ。前回と同じ方向性の弾力です。ただ、前回よりも穏やかな印象。
食べた時点では何もわからなかったので、坂利製麺所にメールで問い合わせました。あのパッケージの坂利の手延素麺とこの純国産の手のべそうめんは違うのか同じなのかと。回答は「同じです」。
手延べですから、確かにまったく同じに仕上がるとは限りません。少々のブレはありえます。とはいえ、それだけでは納得しづらい差を感じました。
もちろん、こちらもおいしかったです。けど、もしこれだけを食べていたら、星5に留まっていたでしょう。初めて食べた坂利の手延素麺よりもさらに穏やかだったので。
これをご覧になって坂利のそうめんを購入される方がいましたら、2019年に私が感動したそうめんと今のとではちょっと異なるかもしれない、ということをお知り置きください。
名称 | 坂利の手延素麺 |
原材料名 | 小麦粉、食塩、ごま油 |
製造者 | 株式会社坂利製麺所 |
評価 | ★★★★★+★ |
三輪素麺の三輪とは
奈良県桜井市、三輪山の麓に大神神社(おおみわじんじゃ)という神社があります。現在のような形のそうめんが生まれた場所です。ですから、三輪はそうめん発祥の地とも言われています。では、三輪素麺はすべて三輪地方で作られているかというとそういうわけではありません。
三輪素麺は奈良県三輪素麺工業協同組合の登録商標で、かつ、農林水産省による地理的表示保護制度における登録産品としてGIマーク(地理的表示)の認証を受けています。ですから、奈良県三輪素麺工業協同組合に所属し、同組合の定める厳格な基準をクリアした、奈良県下で生産されたそうめんであれば、三輪素麺と名乗れます。
坂利製麺所も同組合に所属し、同組合のレギュレーションに沿ってそうめんを作れば、三輪素麺という商品名のそうめん(あるいは三輪素麺のマークをつけたそうめん)を販売することも可能でしょう。
ただ、坂利製麺所はそうしていないようです。後述しますが、三輪素麺に倣ってそうめんを作り始めていますから、当然、坂利製麺所は三輪素麺に対するリスペクトを抱いているはず。けど、自分たちの力で自分たちのブランドを売り出していこうと考え、三輪素麺とは名乗っていないのでしょう。これがいい・悪いという話ではなく。三輪素麺でなければいけないということでもなく。
坂利製麺所に見る素麺と地域とビジネス
坂利製麺所の歴史
日本有数の林業の村・奈良県東吉野村滝野。坂利製麺所の創業家も代々、木材業を営んできました。ところが、冬は雪深くなり山に入れないため通年の収入が得られず、村は過疎化が進みます。
そんな中、奈良県が「冬場の仕事を作ろう」という政策に乗り出し、林業を営む人が多い東吉野村などの山間部へ向けたそうめん作りの研修プログラムを組みました。なぜそうめんかというと、そうめん作りは冬場が最盛期だからです。また、奈良県桜井市の三輪は素麺発祥の地でもあります。
さて、このプログラムを知った坂口良子さん(坂利製麺所代表・坂口利勝さんの母親)は東吉野村を過疎化から救いたいとプログラムへ参加することを決意。三輪地方でも修行をして、1984年(昭和59年)、坂利製麺所を創業しました。現在、創業家は林業と製麺業を生業としています。
創業当時は失敗の連続だったそう。ところが、1987年(昭和62年)頃から当時は珍しかった国産小麦でのそうめん作りを始め、業績が上向きになってきたようです。
1998年(平成10年)、オーストラリア政府公認の認証機関・BFAのオーガニック認証工場に。2001年(平成13年)、なら・グッドデザイン(奈良県広域地場産業振興センター) パッケージ部門最優秀賞受賞。有機JAS認証取得。2015年(平成27年)、そうめん・至宝の舞がフードアクションニッポン 商品部門入賞。
三輪素麺の製法・スピリットを受け継いだ坂利の手延素麺は、こんな歴史を辿りつつ作られています。
坂利製麺所のモットー
坂利製麺所が使う小麦はすべて国内産。「自分の子供に自信を持って食べさせられる素麺を作る」ということをモットーにしています。
また、坂利製麺所は移住体験(トライアルステイ)できる宿泊施設を所有しています。上述の通り、みずから製麺業というビジネスを確立し、一定の収入を確保できる環境を作ることで雇用を生み出し、人の流出を防ぎ、過疎の村に人を呼ぼうとしています。
坂利製麺に見るそうめんビジネス
- 坂利製麺所ホームページ
- オンラインショップ(e-ネコショップ/クロネコヤマト)
- オンラインショップ(スタイルストア/en Factory)
- オンラインショップ(BASE)
- オンラインショップ(日本きらり/出光クレジット)
- Google マイビジネス
- フェイスブックページ
- インスタグラム
すべてかどうかわかりませんが、坂利製麺所はこれだけのサイト、SNSアカウントを運用しています。ここまでするのはなぜか。それは坂利製麺所がそうめんをビジネスとして考えているからです。
坂利製麺所はフリーズドライのにゅうめん(喜養麺・マグカップにゅう麺)、葛を混ぜ込ませた手延葛そうめんなど、オリジナリティ溢れる商品を次々とリリース。フリーズドライにゅうめんは国内線ファーストクラスの機内食に採用された実績もあります。これらはそうめんをビジネスとして捉えているということがよくわかる実例です。
ともすると、そうめん=伝統と捉えられがちです。確かにそれはそうですし、伝統を受け継ぎ、次の世代へと引き継ぐことも重要です。ただ、当然のことながら、そうめん作りはひとつの産業でもあります。ビジネスなのです。
決して大きくはない坂利製麺所は組合に属さずとも、自分たちだけで製造・販売し、宣伝できています。「組合が~」「自治体が~」などと文句を垂れることはない。「うちは小さいから作ることで精いっぱい」と言い訳もしない。
なぜ坂利製麺所はこれができるか。そうしなければいけないという使命感を持っているからです。その使命感とは、この村を救うためにはビジネスとして成功しなければいけないという使命感です。責任感と言ってもいいかもしれません。
こうして顔を見せているということも、責任感のひとつの表れでしょう。
こういう切実な想いが素麺からも感じられます。私に6つの★をつけさせたのは、まさにこの想いなのかもしれません。