メニュー量がすさまじい街場のそば屋
都立大学駅から徒歩1分、平町商店街にある昭和20年創業の老舗・そば処 大菊 総本店。関東を中心に十軒弱ある大菊の総本店です。
きれい。楽しい。店頭からワクワクします。
1階はテーブル席、2階は大広間の座敷。そば屋の構造って面白いよね。昔ながらの広いお店には、厨房からの受け渡し口の前に"島"がある。入船もそう。
メニューはこちら。
すごいでしょ? 街場のそば屋はメニューが多いのですが、にしてもこの量は尋常ではありません。そしてやっぱり見ているだけで楽しい。
連れは天丼と子だぬき(冷)のセット、私はカツカレーを注文しました。そば屋でカツカレー? はい。あえてカツカレーです。その理由はまた後ほど。
おお。ハイテクw ちょいと慣れてない手つきからすると、スマホのPOSは最近導入したのかな? 店内ストリートビューも入れてるし、老舗なのに最先端。
かわいおいしいパンチのある庶民的な味
これは以前食べたかつ丼セット。
細めのそばはツルリ。気持ちのいいそばです。ちょっと濃い目のかつ丼もおいしい。けど、一番の注目はグリーンピース。かつ丼にグリーンピースが乗っていること自体は珍しくありません。けど、2粒がコロッと。かわいいでしょ? なぜグリーンピースを乗せているか。なぜ2粒なのか。それはかわいいからです。いや、ほんとに。
今回の連れが頼んだ天丼。海老が立派!
天丼のツユは少し濃い目。これが江戸前。
冷やしたぬきもがっつり。街場のそば屋はこうでなくちゃ。
カツカレーはザ・日本のカレー。ザ・定食屋のカレー。とろみがあって、甘くてまったり。子供でもおじいちゃん・おばあちゃんでも食べられる、日本人に馴染みのあるカレー。いいなぁ。ほっとする。
ここにもやはりグリーンピースがふたつ。かわいいでしょ? なぜグリーンピースを2粒乗せているか。かわいいからです。いや、ほんとに。
残り少なくなってきたところで七味を振って少し味を変え……
「知った顔が奥から見えてさ」
おっと。背後からキヨミさん。2代目店主にして大菊のれん会総帥、平町商店街振興組合理事長でもあるキヨミさんとは以前から懇意にさせて頂いています。楽しくて本当に素敵な方で。
「こんにちは。お邪魔してます」
「いらっしゃい」
お忙しい中、出て来て下さいました。この時、この場で聞くべきはただひとつ。
「カレーにもかつ丼にもグリーンピースが乗ってるじゃないですか。これって何か意味あるんですか?」
「前からそうなの。アクセントになるからじゃない?(笑)」
ほら。
グリーンピースふたつで味がどうこうなるわけじゃありません。きっと先代は見た目が楽しかろうとグリーンピースを乗せました。しかもふたつ。確実に"顔"を意識しています。2代目は「アクセント」と言いましたが、いま風に言えば「kawaii」です。
ああ、彼(右)が息子さんだ。お父さんとまったく同じ顔w サラリーマンを辞めて店を継ぐことにしたんだよなぁ。
つーか、キヨミさんw ね、同じ顔でしょ?w
家族連れ、おじいちゃん、おばあちゃん、夫婦。客層がとても広い。そして……。
「12名入れます?」
「お二階へどうぞ」
「じゃあ呼んできますね」
ほどなくして、団体さんが列をなして二階の大広間へ上って行きました。
1人でも2人でも、4人でも12人でも20人でも来られる大菊。老若男女誰でも来られる大菊。そして、街の人たちみんなに愛される大菊。なぜ、ここまで愛されているか。私はその答えを知っています。
大菊の想像力
しょうゆとソースにそれぞれ「しょうゆ」「ソース」とシールを貼っています。しょうゆは見ればわかるんだから、もうひとつはソースに決まってる? いやいや、もしかしたらわからないおじいちゃんがいるかもしれない。あるいは、「こっちがしょうゆということは、こっちはソースだろうな」とすら考えさせない。見ればひと目でわかるようにしています。
「机の下にティッシュペーパーがございますのでご利用ください。」
ティッシュを所望する人が多いんでしょうね。だからティッシュを備えておく。しかも、誰もが絶対に目にするであろうわかりやすい場所を選んで、そこに案内を記す。
ご年配も多い街。カロリーや塩分に気を付けている人もきっと多いはず。そして、この表の見やすさたるや。
とにかく何でもあって、全メニューが写真付きで紹介されていて、メニュー冊子の最後には公式サイトのQRコードまで。
「ほら、○○ちゃん、おめめだよ」
「わー」
子供が喜ぶかもしれないと、顔に見立ててカレーにグリーンピースを2つ。
優しい? 丁寧? それはそうなんですが、もっと言えば、これは想像力です。
いろいろなシーンがありますよね。
休日、朝寝坊して子どもとブランチ。行楽帰りに家族で夕食。お昼休みは手頃な値段とスピード、ボリューム。仕事を終えてほっと一息。軽くつまんで一杯飲んで仕上げにつるっと自然食。
あなたの流れの一時を、大菊でお過ごし下さい。
……唖然。
以前の大菊公式サイトの文言です。現在も東京都麺類協同組合碑文谷支部のサイトで確認できます。これを初めて目にしたとき、驚き打ち震えました。
親しみを込め乱暴に言いますが、これ、街場のそば屋のおやじが書く文章ですかね。どの店でもいいです。飲食店の公式サイトでもポップでも看板でも見てみて下さい。
「こわだり無農薬野菜」
「A5黒毛和牛使用」
「産地直送の新鮮魚介」
「イタリアで10年修行」
飲食店の多くは主張します。自分のことしか語らないんです。それはそれで構いません。けど、上記の大菊の言葉は目線が真逆ですよね。大菊は客の立場に立って、客が何を考えているか、どうしたいと思っているかを先回りしてイメージして、それに沿うように文章を書いています。こういう視点で書けるというのがすごい。
こういう文章が書ける=こういう目線でいるからこそ、老舗は廃れず、今でも人気店であり続けています。
そば屋であることを越えた"そば屋"
ある日、2代目はこんなことをおっしゃいました。
「うちって何でもあるでしょ。ラーメンもカレーもうどんも。だってさ、その方が楽しいじゃない。毎日、そばなんて食べたくないって。メニューがいろいろあって、安くてお腹いっぱいになってもらって。それが嬉しいんだよね」
さらに、現在の公式サイトのトップにはこう書かれています。
都立大学駅より徒歩1分♪街のお食事処です。
創業75年の老舗そば屋はそば屋とすら自称しない。お客さんのことを第一に考えれば、そば屋だろうがラーメン屋だろうが定食屋だろうが何だっていい。ただただ、お客さんが喜べばそれでいいから。何屋かなんてどうでもいい。
私がなぜあえてカツカレーを頼んだのかもわかるでしょ? カツカレーでいいんです。ラーメンでもうどんでもいいんです。ここはそば屋じゃないから。いや、ここはそば屋であることを越えた店だから。
老舗は老舗であることにあぐらをかかず、いつでも客のことを想像し、客を喜ばせることだけを考える。老舗にここまでやられちゃ、もうね。頭を垂れるしかありません。
そんな店の料理ですよ。そりゃ温もりに溢れた、おいしい料理に決まってるじゃないですか。
SHOP DATA
- そば処 大菊 総本店
- 東京都目黒区平町1-25−20
- 03-3718-9111