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大正12年創業のそば処 入船(学芸大学)で食べた見事なそばとおそるべきかつ丼~3台のカブ、仕込みステージ、そば湯のそば、そば天使の声、すべてが魅力的な食のワンダーランド

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カブの三連星。こんなにバイクのある店、ご存知ですか? ピザーラならいざ知らず、これが街場のそば屋というのは驚愕です。

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目黒通り沿い、目黒郵便局とイオンスタイル碑文谷(旧ダイエー碑文谷店)の中間ほどにあるそば処 入船。大正12年創業です。老舗の街場のそば屋ですが、いかに人気かということは、カブの台数で一目瞭然。

※2022年4月29日に閉店しました。

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そば処 入船の店内の様子です。世代を問わず、日本人のDNAにすり込まれた、郷愁をそそる原風景。木板の壁、緑の椅子、白衣、壁にかけられた各種の賞状、おそらくはもともとオフホワイトであったろう布製の衝立(ついたて)。私の場合は祖父が開業していた小児科医院を思い出しました。

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もりとミニかつ丼のセットを注文します。すると、お姉さんが「もり、ミニかつ丼~」と厨房へ伝えます。その声がとても美しい。ただ美しいだけじゃありません。なぜ、この声で注文を伝えるか。その理由は、デパートの女性店員、もしくは電車の車掌と同じ理由。騒々しい厨房へ声を通すには、それ相応の周波数でなければいけません。

そこまで考えているかどうかはわかりません。わかりませんが、もし、意識せずにそうしているとするならば、それこそ天性。そば屋で働くべく生まれ持った声と言うべきでしょう。

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中央には教壇のごとき台。ここで盆にお新香や味噌汁、できあがったそばなどをセットします。最後の仕上げにかかるその姿を客に披露する、ここは舞台・ステージ。他の人が注文したものも存分に目で楽しむことができます。

さらに、「あ、あれは俺のかな?」という期待感を抱かせます。まさに食のエンターテイメント。待っている間も飽きさせません。

もりとミニかつ丼のセットがやってきました。

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ざるからこぼれ落ちそうなほどに盛られたそば。大盛りで頼んだわけではありません。これがデフォルトです。かつ丼も"ミニ"を詐称と思わせるほどの大きさです。

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そばをひと口。私は箸を落としそうになりました。そばの香り、歯ごたえ、舌触り、喉越し、すべてが見事。機械打ちではあるのでしょうけど、相当の技を感じさせます。そばは短めで、切れているそばもたくさんあります。そばの強い香りからして、これはそば粉の率が高いことに起因するのではないかと思われます。

画像を拡大して見るとわかるのですが、所々に特徴的な切れ込みがあります。そばを打つ工程でつくのでしょうが、なぜこうなるのかはわかりません。私にはまだまだそばの理解が足りません。

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かつ丼も見事(写真は食べさし)。いや、おそるべきかつ丼です。衣のサクっと感が損なわれていません。玉ねぎも歯ごたえを残しています。汁の味も絶妙。そして玉子。ざっくりと混ぜ、黄身と白身を完全には合わせていません。玉子を使う丼物の基本。トロみ加減も最高。火が完璧です。

さらに、ひと口目で私はある異和感を覚えました。何かが普通のかつ丼と違う。とても肉厚で柔らかく、それだけでも十分、他のかつ丼とは一線を画しています。けど、それだけではありません。

恥ずかしながら、半分ほど食べたところで、ようやく気づきました。ほんの少し、かつ一切れに数粒ずつ程度の黒コショウがまぶされています。しかも片面だけ。だからか。

かつを口に入れるその刹那、ふわりと西洋の風が吹きます。その風は一瞬で過ぎ去り、味覚は馴染みの和で満たされます。

まだ髪を結い、着物を着ていた女性も多く、その一方で、ハット、背広、ステッキ姿の紳士もいた大正。和と洋が混じり合っていた時代をそのまま表しているかのようなカツ丼です。

味噌汁を飲み終え、最後にそば湯を頂きます。ほぼ透明のさらりとしたそば湯。ひと口飲み、いつもの通り、湯桶を開けてみました。その瞬間。相席の女性に構うことなく笑ってしまいました。おかしいからではありません。

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そば湯にそば。これを単に「雑」と見ることもできるでしょう。けど、私はそうは捉えない。店がいかに繁盛していて忙しいかを表しています。老舗のたくましさを感じるとともに、これならまだまだ続くと安心して、思わずニヤリとしてしまったのです。

入船というそば屋は神奈川県を中心に十数店。老舗が多いのが特徴的なのですが、さっとうかがったところ、すべてというわけではないのですが、いくつかとは何らかの関係があるようでした。

「ありがとうございましたー」

そばの天使の声を背に受けて店を出ます。目の前の信号を渡り、目黒通りを挟んで振り返りました。

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右隣はオシャレなマンション、左隣は全面ガラス張りのトヨタ東京カローラ。そば処 入船は今にも押し潰されそう? いやいや。

「ふん!」

若いもんにはまだまだ負けんぞ。そう胸を張っているように私には見えるのです。

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