学芸大学駅から徒歩5分。五本木方面へ向かう都道420号線沿いに「酒と肴 いりこ家」というお店があります。母体は同じ都道420号線沿いのしとらす(世田谷区下馬1)だと私は認識しているのですが、正確なことは不明です。
※2022年5月24日追記:2022年5月24日、店主・長田悠助さんがいりこ家を卒業しました。長田さんは7月に駒沢大学で長田(おさだ)というお店をオープンさせます(東京都世田谷区駒沢2-31-1)。なお、いりこ家の今後ですが、ピエール瀧さんがオーナーだった中目黒の静岡おでんバー・ホームラン(閉店)の店主・ハマダヤスフミさんが引き継ぎます。店名はブルペン。どのような店かは不明です。追記以上
2015年3月6日に定食屋としてオープン。女性店主が店を離れることになり、2018年5月10日、和食屋にリニューアルしました。現店主・長田悠助さんは自由が丘の名店・金田の出身だそう。ちなみに外海のながこさんも金田で修行。女性で唯一修行を許された方です。
レトロなガラス戸を開け店に入ると、精かんな坊主頭の料理人、華奢な女性スタッフ、8つほどのカウンター席、魚介の香りが出迎えてくれます。お二人はご夫婦との情報も。
いいメニューだ。内容もさることながら、書き方が。一瞥でパッと頭に入ってくる。わかりやすい。自身の中で構成がしっかりできてるから。そして見る側の立場に立てているから。いい店はメニューの書き方ひとつにも手を抜かない。
11/15(木)本日のおすすめ
11月15日は私の誕生日。私自身への誕生日プレゼントに酒と肴 いりこ家を選びました。
一杯目は鶴齢(かくれい/青木酒造・新潟県)の純米。
片口に楕円の盃。この盃もこのあと出てくる皿も瑪瑙のような縞模様になっています。これは練込という技法で生み出されるのだそう。店主の姉、作陶家・長田佳子さんの手によるものです。いい趣味だなぁ。
お通しの筑前煮には柚子。これを見ただけでもわかるわけです。店の実力が。
甘さを抑え、素材とダシのうまみをギュッと凝縮させています。そして柚子の香りで化粧。いいなぁ。いい料理。
少し小さめにカットしているのは調理時間を短縮するためでもあるのでしょうけど、肴としての筑前煮だからかもしれません。自宅でおかずとして作るのとは違うんですね。
お刺身3点盛りは〆サバ、地だこ、シマアジ。幾度となく書いていますが、私の好きな魚介ベスト3はサバ、タコ、ウニです。その内のふたつが入っているとはラッキー。
シマアジはひとひねり。タコを積むのは外海も同様で、菊に金田のかすかな匂い。サバの端をそろえて開くように盛るのも金田ぽくあるのですが、炙るあたりは金田を越えてみせるという強い気持ちの表れを感じさせます。もちろん私の想像なんですが、ただ、でたらめにそう思ったわけでもありません。そのことはまた後ほど。
それにしてもです。型がビシッと決まってる。美しい。腕とセンスといい素材があれば、下手な小細工はしないんです。そしてね。
大葉をちょいとどけると、小さな毬状のツマ。こういうことなんですよ。これが本当のおしゃれ。美意識はこういうところに表れる。
もしかしたら気づかれないかもしれない細部にまでこだわる、手を抜かない。これすなわち職人。
料理に施された丁寧な仕事を感じつつ、店内の様子、店主・スタッフの動きもよく観察。
包丁を入れたり、塩を振ったりする際、こちらからは見えませんが、おそらく少し広めにスタンスを取っているはず。左、右と重心を小さく移しながら、スッと腰を落とします。そしてまな板や皿を真上から見下ろすように首をクッと曲げる。
いい料理人にはリズムがある。型がある。そして、料理人の立ち居振る舞いも立派な肴。その所作で酒を飲ませるたぁ、なかなかなもの。
二杯目は満寿泉(ますいずみ/桝田酒造店・富山県)のひやおろし。先ほどの盃もそうなのですが、手触りがいい。スッと手になじみます。口当たりも柔らかく心地いい。
おまかせおつまみ3種盛りは鶏のから揚げ、自家製揚げ胡麻豆腐、黒バイ貝の煮付け。先ほどの刺身もそう、これもそう、ちょうど私が食べたいと思っていたものがそのまま選ばれました。こちらの頭の中まで見えているかのよう。
二度揚げされた唐揚げには、もしかしたら山椒が使われてる? ほんのり清涼感が漂っていました。私の勘違いかな。
胡麻豆腐は金田。ただ、これを揚げるのはオリジナル。味はもちろんサクッ・トロッとした食感も素晴らしい。黒バイ貝は濃い目のダシも全部飲み干します。
どれもこれも見事。けど、このプレートで一番えげつないのは唐揚げに添えられたサラダです。ドレッシングも粉チーズもいいのですが、ナッツが使われています。
お土産をもらったんだけどね、まじうれしい。ピーナッツにハマりまくってて。料理に使う。和洋中なんにでも使える。いいアクセントになるから使いまくっててさ。ありがとう pic.twitter.com/GgMOC4HipH
— 後藤ひろし(ひろぽん) (@gokky_510) November 15, 2018
Twitterでこう呟いた4時間後にこのサラダ。完全に心を読まれてる。まあそれはいいとして、付け合わせのサラダにもここまで手をかけるというのがすごい。もちろんうまい。
テレビにおでんが映りました。
「おでんやらないの?」
とサッポロのノベルティグラスに赤星を注ぐ常連さん。あえてこう書いたのは、ノベルティグラスが正解だから。
「おでんいいですよね。前の店でもやってたんですが、オーソドックスだったからなぁ」
ほらね。〆サバを炙り、胡麻豆腐を揚げる。そして前店・金田のオーソドックスなおでんでは満足できない。"金田酒学校"をそっくりそのままやるわけではなく、技や思想を受け継ぎつつも、自分の型を築き上げようとしています。その様が小気味いい。
そういえば、店ではひと言も話さなかったな。聞きたいことはいろいろあったのですが、こちらも忙しくて。料理との会話で。
センスのいい皿・酒器、確かな技が堪能できる美しい料理、落ち着いた雰囲気、ちょいとつまんで飲むのにちょうどいい量・メニュー構成・値段。ふむ。俺ってプレゼントセンスがあるなと自画自賛。口角が上がるのを隠し切れず、そのまま酒を舐め続けるのでした。
まあ、こういうのは言葉を連ねるのも不毛。見りゃわかるでしょう。そして足を運べばいいだけなのですから。
いりこ家再訪(2019年5月追記)
半年後の初夏、いりこ家を再訪。前回とまったく同じ席。
相変わらずメニューが上手。そして気取らない。飾らない。
豚と大根をだしで炊いたお通し。
やげん軟骨の薬味ポン酢がけ。
焼き茄子とオクラの煮浸し。
合わせる鶴齢と雪男はいずれも青木酒造(新潟県)。
各料理、各酒の味の説明はしない。する必要もない。言葉が邪魔。黙してただ、酒と肴を口に運ぶのみ。