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パーラー ゐ恋(学芸大学)はコーヒーもお酒もあるレトロな喫茶店。ここにはゆったりとした時間が流れていました。

パーラーゐ恋の昔ながらの雰囲気を残した外観

今年オープンした店が2軒、ここにあるとは思うまい(※1)。

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学芸大学駅から徒歩1分。東口を出てすぐ右手、線路沿いに進むとパーラー ゐ恋(いこい)というお店があります。2021年10月20日にオープンしました。喫茶店・雑伽屋(1978年~2021年)の跡です。

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カウンター席と小さなテーブルが3つ。週末の昼過ぎ頃にほぼ満席という状況を外から見ることもしばしばです。後ほど店主・佐藤大永(だいえい)さんに聞いたところ、雑伽屋時代の常連さんもたくさん来てくれているのだとか。

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おじさんでもわかる昔ながらの喫茶店メニュー。コーヒー類はテイクアウトも可能です。なお、メニューの向こう側にチラリと写っているのは事務作業中の奥さん。

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アイスミルクコーヒー。テーブルに据えられているシロップを入れて甘くします。

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振子時計、レコード、カセットテープ、CD、ラジカセ、そして黒電話。私は雑伽屋には来たことがありません。けど、おそらくは多くのものが雑伽屋のままなのでしょう。オープンして間もない店に詰め込まれた約45年分の歴史。ゆったりとした時の流れをいたるところに感

「あの、違っていたらすみません。もしかして後藤さんですか?」

「あ、はい」

「オープンするにあたってtwitterを見ていたら、店のことを書いて頂いていて」

「ははは」

twitterの#学大開閉店情報のことでしょう。

「実はその前から見ていたんです。BABYMETALがお好きですよね?」

おっとっと。まさかこんなところでBABYMETALという単語が出てくるとは。

「ええ」

「僕もBABYMETALが好きで」

「えー!! いつからのファンですか?」

「もともとはモーニング娘。が好きで、鞘師里保が入ったからBABYMETALも聴くように」

「なるほど。そういう方も多いみたいですね。鞘師が初めて登場したライブも見に行ってましたよ。見ている時は鞘師とわかってませんでしたが」

「どうなるんですかね、BABYMETAL(※2)」

「なくなりはしないと思いますけど……」

「キツネ様のみぞ……」

「Only the fox god knows、ですね(笑)」

朗らかで穏やかな店主としばしのBABYMETAL談義。その後、ゐ恋オープンまでの経緯を簡単に聞きました。インタビューっぽくならない程度に。

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ここを始める前はケイキフードサービスが運営するバル・直出しワインセラー事業部(自由が丘)で働いていたという店主。目黒や恵比寿、中目黒、神泉にある同店の姉妹店でも働いていたそう。

喫茶店をやりたくて2年ほど前から学芸大学で物件を探していました。そして時折来ていた雑伽屋が閉まるとなり、ここで店を構えることになりました。

「ほとんどのものを置いて行って頂いて。雑伽屋のママさんがこのままの状態で引き継いでくれる人を探してて、こちらとしてもこのままがよかったので、喜んで引き継がせてもらいました」

飲食物件探しは恋人探しに似ています。どちらも縁が大切です。現在の学芸大学では個人で開業できるこれくらいの物件はほとんど空きませんから、店主がこの物件に出会えたのも縁・運命。いい"恋人"と出会えましたね。

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「夜はこんなメニューもあります。もちろん昼から飲んでもらってもいいんですが(笑)」

「友達と飲みに行くまで、まだちょっと時間があって、どこかで一杯、時間を潰したいなんてことがよくあるんです。そんな感じで寄らせてもらっても大丈夫ですか?」

「もちろんです」

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黒電話の背後には雑伽屋の大きなカフェミラー。3桁の市内局番も印象的ですが、そもそもなぜここに電話番号? 店頭ならいざ知らず、店の電話番号を店内の客に示すことに何の意味が?

思い出してください。あるいは想像してみてください。まだネットや携帯電話がなかった時代を。

「うん、早く着いちゃってね。いま雑伽屋という喫茶店で時間を潰してるんだ。駅に着いたら電話して。番号は……マスター、ここの電話番、あ、はいはい。これね。メモいい? なないちご……」

幾度となくそんな会話が繰り返されてきたはず。

黒電話のすぐそばに店の電話番号を記しておくことが必要だった、そんな時代があったのです。

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それから約35年経った2012年。学芸大学が変わり始めます。高架下の全面リニューアルが完了し、鳥おき、呑家(旧アオギリ)、学大角打、BOOZE(2018年閉店)といった、それまでにはあまりなかったような店が続々とできました。

そして2016年。ダイエーがイオンスタイル碑文谷に変わった年。ひとひら、鳥せん、茶割、神乃珈琲、ヒグマドーナツがオープン。中目黒高架下が開業し、観光地と化してしまった中目黒に見切りをつけたおしゃれな若者たちが学芸大学へと流れてくるようになります。

その後、スタンドバインミー、酒場浮雲、鳩乃湯、カルボ、大衆酒場レインカラー/ポップガストロノミーレインカラーと若者から絶大な支持を得る店が次々にでき、街はいよいよ華やぎます。

「最近のお店でよかったお店はありますか?」

「隣のポップガストロノミーレインカラー、すごいですね。若者がいっぱいで」

「店の前で若い女の子二人があたふたしてることがしょっちゅうあって。だいたいレインカラーの場所がわからず通り過ぎてるみたいです(笑)」

その子たちが手にしているのはスマホ。Googleマップか何かを開いているのでしょう。もしかしたら彼女たちは黒電話のかけかたを知らないかもしれません。市内局番が3桁なので、あの番号が電話番号だとさえ気づかないかもしれない。

この鏡は時代を映しているんだなぁ。

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底へいくほど甘くなっていくアイスミルクコーヒー。この甘さのグラデーションに移ろいゆく時を感じながら、ズズッと小さく音を立て飲み干します。

「ごちそうさまでした」

「ありがとうございます」

夫婦の笑顔に送られ店を出ました。

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別日もやはりアイスミルクコーヒー
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ともすると、駆け足が少し速くなり過ぎることもある。パーラー ゐ恋はそのスピードにほんのちょっぴりブレーキをかけてくれているかのよう。こうした昔ながらの空気をまとうお店のおかげで、この街はゆっくりとした変容を遂げられています。

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もちろんおいしかったです。けど、私はコーヒーに疎いので、パーラー ゐ恋のコーヒーが他店とどのように違うのかはわかりません。コーヒーに関することも一切聞きませんでした。

ただ、おいしいかどうかとか豆が何かとか焙煎がどうとかは私にとっては些細なこと。カフェ・喫茶店に限らず飲食店選びにおいて私が重要視するのは、言葉にはしづらい「あ、なんかいいな」というフィーリング、すなわち恋。恋することができたお店に私は通っています。

みなさんはどうですか? もし、あなたが新たな"恋"を探しているなら、一度のぞいてみてください。長く一緒にいられる"恋人"が見つかるかもしれませんよ。

※1 パーラー ゐ恋の左隣にある扉から2階へ上ると、2021年5月頃に代官山から移転してきたアンティークものを中心に扱う人気・有名ファッションショップ・Aquviiがあります

※2 記事執筆時、BABYMETALは活動休止中

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