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farm studio #203/ファームスタジオ203(学芸大学)は多くの素材を繊細に組み合わせ、多様な食感・味わいをひとつにまとめ上げるのですが、うまくまとまり過ぎていてもはや何がなんだか。

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学芸大学駅から徒歩2分。東口商店街の裏手に広がる十字街にfarm studio #203(ファームスタジオ203)という中華料理店があります。2019年5月23日にオープンしました。

farm studio #203があるのは学大十字街ビルの2階。同ビルは2017年2月に竣工しました。それから約2年半。ようやく8つの飲食用物件がすべて埋まりました。

連れが来るまであと15分。先に入っていよう。いろいろ話を聞きたいし。

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カウンターのみ約8席。スタイリッシュ。料理もきっとモダンなチャイニーズなのでしょう。

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HEARTLANDを飲みながら話をうかがいます。

「Fff...TOSHI(エフドトシ)ですか?」

「よくご存じですね」

「姉妹店みたいな感じでしょうか?」

「いえ、オーナーは別なので姉妹店というわけでは。Fff...TOSHIはちょっと値段が高めですが、こちらはリーズナブルにやっていこうと思っています」

と語るのはシェフの濱田利彦さん。オーナーというのはご自身のことだろうな。朗らかで、誠実そうな人柄がうかがえます。

Fff...TOSHI(エフドトシ)は六本木の創作中華料理店です(オーナーシェフ:吉田隼之氏)。経営は別ですが、この言い方からすると、まったく関係がないというわけでもなさそうです。濱田さんはソムリエでもあると言ってたような。Fff...TOSHIにもまだいるとかそんなことも……。ちょっとうろ覚え。

余談ですが、オープンする数日前、看板がついたのでのぞいてみたら、人(濱田さん)がいたので話を少し聞いていました。店名の「farm」は野菜もウリだから。203はこの物件の部屋番号。

※追記:同日に友達も行っていました。その友達によると、濱田さんは銀座アスターやリゾートホテルなどにもいたことがあるとのことでした。追記以上

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「なぜ学芸大学に?」

「最初は池袋にしようと思っていたんですが、物件の事情でポシャって、いろいろ探していたら、たまたま学芸大学にいい物件があったので。学芸大学駅近くには中華料理があまりないですよね。泰雅さんくらいでしょうか」

「そうですね。こういうお店はなくて、あとはいわゆる街中華って感じですね」

「本当はランチもやろうとしていたんですが……」

「学大でランチは入らないですよ(笑)」

「と、多くの方から言われました(笑)」

「まあ、やり方次第だとも思うんですけど。ママさんたちを捕まえたらいけなくはないと思うんですが」

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追記。オープン当初は夜だけだったのですが、その後、ランチも始まりました。追記以上。

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よく見たら、haet landとなってるw 正しくはHEARTLAND。

「ん? 黒毛和牛の四川麻婆豆腐? 普通は豚肉のような。中国では牛肉を使うんですか?」

「四川は水牛が多くて、四川の麻婆豆腐は水牛を使うんです。ですから、ウチでも牛を使っています。辛い物はお好きですか?」

「ええ。麻(マー)も辣(ラー)も」

「最近は"マー活"というのもあるみたいですね。多くの方にしびれを知って頂いて、香辛料もいろいろ手に入るようになりましたし、本当に助かります」

「detox salad plateとdetox saladがありますね。何が違うんですか?」

「プレートはそれだけでがっつり食べて頂けるようになっています。鶏肉などもプレートに乗せていて、トルティーヤで包んで召し上がって頂くような感じです」

トルティーヤと言ったかタコスと言ったかは失念。

「餃子が1ピースずつ頼めるのってすごいですね。けど、1個ずつ注文されても焼くのが大変じゃないですか?」

「『どうしても餃子を一個食べたい』というお客様もいると思うんですね。そういうご要望にも応えたいなと」

連れが到着しました。

「(注文するもの)決まった?」

「うん。デトックスサラダ、餃子4個、黒毛和牛の四川麻婆豆腐をお願いします」

「かしこまりました。そばのアレルギーとかは……大丈夫ですか。ネギと山椒があるんですが」

「山椒で」

もちろん、この山椒は中国の山椒・花椒(ホァジャオ)のことです。花山椒じゃないですよ。

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ボールに野菜やナッツなどを入れ、花椒のオイル、ドレッシングを加えて和えます。

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「うわぁ」

野菜、フルーツ、米をはじめとする穀物などなど。見た目からしてキャッチー。ちなみに、海外では米をサラダに使うことがよくあります。米も穀物ですからね。

「これには何種類の野菜が入っているんですか?」

「途中から数えないようになったんですが、おそらく40種くらいは……」

「すご」

「ただ、はっきり何種と数えているわけでもありませんし、メニューでは何種とは謳っていません」

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こういうのはチマチマとつまんではいけません。スプーンで豪快にすくってパクッ。

何じゃこれ?

シャクッ、パリッ、ムチッ、サクッ。この世のありとあらゆる食感がこの一皿に詰まっています。もちろん味わいも多重的。塩味は控えめなのですが、食感と味わいのバリエーション自体が"ドレッシング"となっています。そして食べ終えた後の唇には麻のしびれ。えげつない。

しかも、多様であるはずなのになぜか一体感を感じさせます。なんて不思議なサラダなんだ。

「すごいね」(連れ)

「うん」(私)

「これ、絶対に家ではできないもんね」(連れ)

「できないねぇ」(私)

「キウイと山椒がよく合うんです」(シェフ)

よく見るとキウイが混ざっていました。

「ほんとだ。おいしいですねぇ」(私)

「ありがとうございます」(シェフ)

底の浅い平らな皿です。量はそれほど多くありません。けど、これだけの種類の野菜類を同時に摂れるサラダは家で作れないばかりか、店でもそうありません。そして、米などの穀物が混ざっているので何気にお腹にたまります。800円という値段に相応するクオリティ・満足度でした。

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餃子が焼けました。ところが、2個を別に盛り、2個を下げようとします。

「すみません、餃子が2個焦げてしまって」

見てみると、確かに少し黒いです。けど、こんなのぜんぜん。

「いいですよ。それくらいまったく問題ないですって」

「いえいえ」

よくない。じゃあそれどうすんの? 絶対に破棄はさせないぞ。

「いやいや、それでまったく問題ありませんから、食べさせて下さい」

「では、お代は2個分しか頂かないので」

「いやいや」

お好み焼きや肉でもありがちなのですが、どれほど腕のいいシェフであっても、オープン当初は焦がしたりしがち。火の具合が掴み切れていませんし、フライパンや鉄板がまだ馴染んでいないので、どうしてもね。

「鉄板は3ヶ月使ってからじゃないと使い物にならない。だからオープンまでにわざと使い込むんだよ」

何ヶ月と言っていたかは忘れましたが、寺門ジモンさんもそう言っていました。

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で、餃子。

「下味はついているのでそのままどうぞ。もし何か必要であればおっしゃって下さい」

大ぶりで平べったい。噛むと肉々しくてジューシー。皮はムチムチで底はパリッ。肉の甘味、スープのうまみが一挙に押し寄せてきます。

いやぁ。うまいなぁ。何だろなこれ。

「ハツやレバーも使っていて、味に深みを出しているんです」

「言われてみると、確かにレバー感があります。言われてみれば(笑)」

「スープはこのコラーゲンを使っています」

そう言って一斗缶に詰まった真っ白なコラーゲンの塊を見せてくれました。私は知っている。これだけのコラーゲンを抽出するのに、どれほどの材料・手間が必要かを。

「鶏ですか?」

「鶏がベースでもみじを使っていて、あと豚足も使っています。それと金華ハムも」

「金華ハム! 贅沢。言われてみると、確かに金華ハムのうまみも感じますね。言われてみれば(笑)」

食べる際、普通は分解しようとします。「これは何と何が使われているな」と。けど、この餃子は分解できないのです。レバーも金華ハムも言われればなんとなくニュアンスを感じますが、言われないとわからない。わからないんだけど、得も言われぬ深さがある。深さを感じさせるのに、その正体がわからない。複雑かつ多様であるはずなのに、各素材がもはや判別不能なほどにまで見事にまとめ上げられています。すごいなぁ。

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シェフは麻婆豆腐に取りかかりました。

「あれくらい火力が必」(連れ)

「しっ」(私)

話しかけるな。

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筆者インスタグラムより

人生で一番よく作っている料理が麻婆豆腐です。プロやマニアを除けば、日本で私ほど麻婆豆腐を作っている人間はいない。それくらい作っています。週に一度は作ってるかな。

これほど麻婆豆腐作りが好きなんです。目の前では一流のプロが麻婆豆腐を作っていて、その様子をつぶさに見られるんです。

話しかけるな。

具体的に何かはわかりませんが、とにかく多くの調味料を入れています。黒っぽいのは豆鼓醤や甜麺醤の類だろうな。けど、それだけじゃない。

スープを入れて味見。そして湯通ししておいた豆腐を投入。あああ。しっかりと焼きを入れているぞ。煮込むんじゃない。「麻婆豆腐は焼け」というのは本当だったんだ。

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ひと口。

ふた口。

み口。

止まらない。

「すごいね」(連れ)

「うん」(私)

辣(唐辛子の辛さ)はさほど感じません。麻(花椒のしびれ)はしっかり。

普通は甜麺醤が強めとか、甘味がしっかり出ているとか、何か特徴が掴めます。けど、この麻婆豆腐は何かが際立っているということがない。あれだけの調味料を入れているのに、すべてがきっちりひとつにまとまっています。

だからパンチがないと言えばパンチはない。いや、パンチはあるのですが、尖ってない。いや、パンチと言うよりもこれは……。あああ。なんでこんなにうまいんだ。何なんだこれは……。

farm studio #203のメイン画像・花椒がきいた麻婆豆腐

1+1=2

これが普通の料理だとするなら、farm studio #203の麻婆豆腐は、

0.1+0.1+0.1+0.1+0.1+0.1+……=2

手数が多すぎて、何がどう使われているのかわからない。しかも手が多く加われば深くなるはずなのに、farm studio #203の麻婆豆腐はひとつになっている。馴染み過ぎて奥行すら見えてこない。なのにうまい。

麻婆豆腐で、いや、料理で、こんなことができるのか。こんな風に料理する方法があったのか。料理にこんな視点があったのか。愕然。

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「お会計はこちらです」

約4000円。餃子は2個分でした。

「すみません、ありがとうございます。めっちゃおいしかったです」

「ありがとうございます。またぜひお越し下さい」

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こんなたとえはどうでしょう。

100ピースのジグソーパズルを完成させると、ひとつの絵になります。普通は繋ぎ目があるのでジグソーパズルだとわかるのですが、farm studio #203の料理は繋ぎ目がない。ジグソーパズルのはずなのに、一枚の絵にしか見えない。一枚の絵にしか見えないんだけど、実は100ピースも使われている――わかりづらい?w

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多くの素材を繊細に組み合わせ、多様な食感・味わいをひとつにまとめ上げる、上質でリッチな独創性あふれる満足度の高い中華料理――恰好をつけて、わかった風を装えば、こう説明できます。決してウソではない。けど、私の本音は違います。

farm studio #203に対する私の感想はこう。

もはやわけがわからない。

本当にすごいものは凡人の理解を寄せつけません。

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