中華料理店「平和軒」(学芸大学・祐天寺)の悩ましいカツカレー~大崎、五反田、祐天寺、西小山、川崎大師の「平和軒」の関係

学芸大学駅、祐天寺駅から徒歩10分。中央中通り方面、旧区役所(現・The目黒四季レジデンス)前に「平和軒」という街場の中華料理店があります。学芸大学駅東口商店街を抜け、「四川麺条 香氣(こうき) 学芸大学店」を左折して、駒沢通りの祐天寺二丁目交差点(スーパー三和のある交差点)に向かう道沿いです。「とんこつ麺 砂田」のすぐ隣。

界隈に住んでる友人はいつも「平和軒のカレーがなんだかいい」と言っています。さらに、最近「かっぱ」へ行った際も常連さんが「平和軒のカツカレーがちょっと変わってていい」とおっしゃっていました。もちろん、ずっと以前から行こうと思っていたのですが、ここまで言われるともう行くしかないでしょう。

カウンターに座り、メニューを一瞥。お水を運んで来て下さったお母さんに、迷うことなく「カツカレーお願いします」。


兄ちゃん、いいヒゲしてんねぇw 店内はカウンター席とテーブル席。こざっぱりしているというか、なんだかシュッとしています。

いらっしゃったのはマスター、ママさん、お母さん。おそらくはご家族でしょう。兄妹かな、夫婦かな。このマスターもシュッとしてんなぁ。

私がカツカレーを頼むタイミングで、他からもカツカレーの注文が入りました。やっぱカレーが人気なんだ。半チャーハンだけじゃなく半カレーもあるくらいだし。けど、カレーラーメンはないのか。

私が入店した直後から、お客さんがどんどんと店に吸い込まれてきました。退店する時にはほぼ満席。老舗が減りつつあるとはいえ、「美かわ屋」「大むら」も「平和軒」も元気だなぁ。

大きな鍋にカレーが入っていて、ママさんがオタマでかき回しています。時折、味見をするマスターは寸胴からスープを取り、これでカレーをのばしています。そして、塩らしきものを最後にひと振り、ふた振り。

三人が三様にちゃっちゃかと動いてます。妙に手数が多い。それだけ料理に手をかけているということなのでしょう。期待が膨らみます。

カウンター越しにカレーが渡されました。

「うわ」

思わず声が漏れます。

深さ10~15cmほどの底が平らな丼、黄色みの強いカレー、ざっくり切られた玉ねぎ、豚肉、千切りキャベツ、福神漬け、斜めに突き刺さるスプーン。美しい。こういうのを”インスタ映え”っつうんじゃないの?

まずはカレーをひと口。

「!」

粉だ。カレー粉で作ってる。しかもこのスパイスの配合具合、風味にはS&Bぽさを感じます。いや、わかりませんよ。わかりませんが、この味は確実に知っている。

あえてわかりやすく説明しますが、喫茶店のドライカレーの味。カレーチャーハンとでも言うべき昔ながらのドライカレーはカレー粉、しかもS&Bを使っていることが多い。その味がするし、変な甘さがないということは、少なくともできあい・レトルトじゃない。ルゥでもない。カレー粉でちゃんと作ってる。

カレーにはわずかなトロみがあります。小麦粉を使った正統なる日本式カレー。マスターが最後に振った塩も決まってる。ちょうどいい塩梅。うん、うまい。

「かっぱ」の常連さんが「ちょっと変わってる」と表現したのがよくわかります。本格的なカレーというわけでもなければ、レトルトや市販のルゥを使っているカレーとも違う。カレー粉+小麦粉の日本式カレーに慣れ親しんでいなければ、確かに「ちょっと変わってる」と感じるかもしれません。私もどちらかというとそうなんだよなぁ。小さい頃は普通のルゥのカレーしか食べてなかったので。

逆に友人が「なんかいい」と言っていたのは、たぶん「懐かしい」という意味合いも込められているのでしょう。小さい頃、こういうカレーが家で出てきたり、あるいは外で食べてたのかもしれません。

次にカツ。うはっ。きめの細かいパン粉がザックザックという小気味いい歯ごたえを生み出します。そして、肉厚の豚と衣がしっかりと一体化。カレーとの相性もいい。

お母さんがカツの上からカレーをかけたのを見ていました。あああ、カツにカレーをそんなにかけないで!と思ったんです。でも、食べて納得。これは上からたっぷりかけても大丈夫なやつだ。衣がしっかりしてるから。

千切りキャベツとカレーライスのコラボもいい。キャベツとカツの組み合わせもよし。カツカレーに別途、豚肉が混ざっているのも贅沢。カレーに福神漬けはもちろん鉄板。どこをどう切り取ってもうまいカツカレー。見事。すばらしい。

スープは鶏のスープでしょう。醤油がそれなりに立ちつつも、しっかりとダシが出ています。いいねぇ。

そろそろカツカレーを食べ終えようかという頃合い。厨房内をもう一度、ゆっくり観察……あ!

これはS&B? 通称”赤缶”、特製エスビーカレーの四角缶バージョンに似ています。あるいは油だったりしてw

会計時、お邪魔にならないよう、ほんの少しマスターに聞いてみました。

「こちらはいつ頃からやってらっしゃるんですか?」

「親の代から数えると57、8年です」

「ええ。すごっ。カツカレーおいしかったです」

「ありがとうございます」

「ごちそうさまでした」

1960年頃(昭和35年頃)に創業したということか。界隈では1953年(昭和28年)創業の「美かわ家」に次ぐ老舗だ。

実は、カレー屋以外でカレーライスを食べるのがそれほど好きではありません。

一見ならなおのこと、そば屋・うどん屋に来たらそば・うどんを食いたい。中華料理店に来たのなら、ラーメン、餃子、チャーハンからいきたい。それに、こういう店の場合、できあいのカレーがやって来てガックリすることもしばしば。

ですから、もし何も聞かずに「平和軒」に来ていたら、間違いなく一度目は餃子・チャーハンを頼んでいたでしょう。チャーハンにスープがついてくるから、ラーメンの味も少しわかるしね。

そんな私が今回は、初めて訪れた中華屋でカツカレー。これは人生初。でも。

友人も「かっぱ」の常連さんも正しかった。そして、私も同じくこう言いましょう。

「平和軒」へ行ったらカツカレーを食え

私は次回が怖い。できれば、まだ食べていないチャーハン&餃子でいきたい。けど、いざ注文するとなったとき、このカツカレーの誘惑に打ち勝ち、チャーハン&餃子をちゃんと頼めるか? 私にはそうできる自信がない。絶対に悩む。だから怖い。

嗚呼、なんと悩ましき「平和軒」のカツカレー……。

平和軒
東京都目黒区中央町2-3-8
03-3712-3810
食べログ

平和軒の歴史

五反田・新開地にあった平和軒。画像転載元/風呂屋の煙突:五反田・新開地

以下はネット上の情報をまとめたものです。かなり曖昧で、不明点もあります。正確性は保証できません。

大崎西五反田、祐天寺、西小山(武蔵小山から移転)、川崎大師に「平和軒」があります。これらはすべて親せき筋。

昭和2年、上大崎で兄弟が「平和軒」を創業しました。創業者(兄か弟かは不明)の名前のグン”平”と新しい年号の昭”和”から「平和軒」とつけられたそう。

戦争により店は一時休業。自宅が焼失するなどして、終戦後、ホテルマイステイズ五反田駅前(旧五反田東興ホテル)付近で屋台を引いて営業を再開します。そして昭和25年頃、闇市にもなっていた五反田近くの飲食店街・新開地で店を構えるようになりました。

昭和35年頃、創業者(兄)の娘が祐天寺で「平和軒」を創業します。この記事の「平和軒」です。

昭和40年頃、創業兄弟が別々に店を構えるようになりました。創業者(兄)は大崎、創業者(弟)は西五反田。それぞれは息子たち(二代目)が跡を継いでいます。三代目がいる店もあります。

時期は不明ですが、創業者(弟)の息子=西五反田の二代目の弟が武蔵小山に「平和軒」を創業しました。同店は2017年に西小山へ移転しています。

川崎大師の「平和軒」は創業時期も創業者の関係性も不明ですが、上述と親せき筋であることは確かなようです。

祐天寺の「平和軒」に関してですが、創業者(兄)の娘が前出の「お母さん」にあたるんでしょうかね。だとしたら、その息子夫婦(or娘夫婦)=マスター・ママさんが祐天寺の二代目ということになります。「親の代から57、8年」とも言ってたし。

各店はそれぞれが独自に経営されています。ただ、祐天寺の麺は大崎の自家製麺(だった?)という情報もあるので、まったく何も関係がないというわけでもなさそうです。

私が一番興味を惹かれたのは祐天寺平和軒の創業です。各情報が正しいとすれば、大崎・五反田と分かれる前、新開地時代に祐天寺が創業したということです。しかも娘さんが創業者。中華屋の娘が親元を離れつつも中華屋を始める。そして親の店から自家製麺を取寄せる。なんとも奥深い機微・ドラマを感じます。私の勝手な妄想なんですけどねw

ネット上の情報が錯綜しています。不明なことも多々あるのですが、おおよそこんな関係だということです。もしかしたら誤りが含まれているかもしれません。間違いが判明次第、随時、修正します。

参考サイト

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