2017年1月18日追記:正確な日付は定かではありませんが、おそらく2016年末あたり?に閉店しました。とても素敵なご夫婦でした。長い間、お疲れさまでした。追記以上
寺門ジモンさんプロデュースの催事「グルメ祭り」は盛況の内、無事終わりました。江戸しゃりの松阪牛ちらし寿司をお買い求め頂いたみなさま、ありがとうございました!
催事中は連日肉・肉・肉。体は魚を欲してます。ずっと行きたかった学芸大学のお寿司屋さん・寿し庄にうかがいました。
「こんばんはー」
扉を開けると、お父さんとお母さんはカウンターに座って、お酒を飲みながらテレビを見てらっしゃいました。
「大丈夫ですか?」
「すみません。暇なもんで(笑) どうぞこちらへ」
板場へ戻るお父さんは足を引きづってらっしゃいました。
その日は祝日。ネタが少ないことは百も承知。さて、と。
「どういう風にお願いしましょうか」
「今日は仕入れがないから、ネタが少なくて。ごめんね。お好きな物を言って下さい」
「後ほど握って頂くとして、じゃあ、最初につまみで何かお願いします」
お父さんが用意をしている間に、日本酒を頂きました。
「秋田の純米。お客さんが持ってきてくれて。おいしいよぉ」
齋彌酒造店の雪の茅舎 山廃純米。純米ですがたるくありません。適度に辛みもあり、口当たりがいい。こりゃうまい。
お刺身が出てきました。
気取らない、だけどしっかり丁寧に施された仕事。きれいだなぁ。コハダの締まり具合がちょうどいい。これくらいが好き。
お父さんもお母さんも、とにかく話好き。しゃべるしゃべる。超絶楽しい。
「女房はずっと瓶ビール。河岸変えたら大瓶で6本は飲むね」
「すごい。僕も生より瓶のほうが好きです」
「でしょう。瓶ビールがいいのよ」
「小さなコップで飲むのが好きですねぇ」
「いいわよねぇ」
「この筋では、こちらが一番古いんじゃないかって、彦一のお姉さんがおっしゃってました。お寿司屋さんとしても、この界隈ではかなり長いほうじゃないですか?」
「いえいえ。ぜんぜんですよ。1982年からだから。出身はこのあたり?」
「いえ、生まれたのは京都で、大阪にいたりもしましたが、基本はこっちです。どちらですか?」
「新潟。女房も」
「じゃあ、新潟で知り合ってご結婚されたんですか?」
「いや、昭和45年に……」
「いいのよ、そんなこと話さなくて」
「昭和45年に集団就職で上野に来たんだよ。何百人ていてね。そこで出会って」
「へー。すごい。運命的ですね。その集団就職ってのはお寿司屋さんと関係が?」
「それはサービス業。昭和46年に兄が中目黒で寿司屋を開業して、47年に手伝いに来ないかって」
「僕がまだ生まれる前の話ですよw」
「いまおいくつ?」
「今年で42です」
「じゃあ息子と同じくらいね。息子は昭和50年生まれ」
「息子さんが跡を継ぐとかは?」
「いやあ。息子は息子がやりたいようにね。前はそこのうなぎ屋で働いてたんだよ」
「宮川ですか?」
「そう、あっちのね。10年以上働いてたよ。もう辞めてるけど」
そんな話をいろいろ聞いていたら、お父さんが煮付けを出してきました。
「これ、女房が煮付けたの。よかったらサービスで」
「ほんとですか。ありがとうございます」
立派な金目鯛。1時間じっくりと煮付けたのだとか。しっかりと味が染みています。
「めちゃくちゃおいしいです」
「ほんと? よかった」
煮付けと日本酒もよく合います。うまいなぁ。そろそろ握ってもらいましょうか。まずはアジ。
大ぶりのネタ。片方は身をクルっと反転させています。二色のアジはとてもきれい。脂がほどよくのっています。シャリは比較的薄めの酢。フワっと握られていて、口の中でほどけます。うん、おいしい。
次はマグロ。一手、二手、三手、か。いや、そのあともちょいと形を整えてるな。
先ほどの刺身がとてもおいしかったので頼んでみたのですが、これもまたおいしい。
「実はね、ちょっと前に脳を」
「そういうことは話さないでよ。お食事中に。ねえ」
「いえいえ。ぜんぜんお構いなく。ご病気されたんですか?」
「脳腫瘍で数ヶ月、入院してたんだよ」
「えええ。それは大変でしたね」
「最初はぜんぜん腕が動かなくてね。今もこれくらいしか腕上がらないの。だけど、リハビリでようやく少し動くようになって」
50代後半だったからまだよかったようです。これが60代後半、70代となると、快復の見込みは少なくなっていたのだそう。もうひとつ、寿司をまた握りたいという強いお気持ちも、快復の手助けになっていたんだろうな。
そう言われてみると、握る手つきがほんの少し不自由そうにも見えます。だけど、そこは何十年というキャリア。不自然な姿は決してお見せになりません。
イクラの軍艦、コハダの握り。どちらもフワリ。優しく握られています。おいしい。
「コハダの仕込みもこの腕だとねぇ。何キロもやってたら、もう動かない」
底抜けに明るくて楽しくて、お話し好きで人懐っこくて、温かくて優しくて。ふむ、ずっと行きたいと思っていた私の勘は外れていなかった。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「ありがとうございます。またぜひ来てね」
お母さんは表までお見送りしてくれます。深々とお辞儀をします。私は軽く会釈してサッと立ち去ります。寒くなった外にお母さんを長くいさせたくないから。
学芸大学には有名店がたくさんあります。どこもおいしいし、腕も確か。そういう高級店で握られる寿司に比べれば、見栄えも味もかなわないかもしれない。けど、寿司職人でいることに喜びと誇りを持ち、不自由な腕で一生懸命握ってくれる寿司は、それらに負けず劣らず美しい。そして、気持ちの入ったこういう寿司こそおいしいと感じます。
また、お父さんとお母さんに会いに行きたいな。
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