住宅街にたたずむアットホームな居酒屋
西小山駅、洗足駅から徒歩10分。西小山駅からだとやきとん道場 三鶴、市太郎のある筋から果物屋・たなか(2019年閉店)のある五叉路へ向かい、そのまま道なりに北西へずっと真っ直ぐ。学芸大学駅方面から行くのなら、円融寺通りを南下して、立会川緑道を越えた先、ひとつ目の信号を右折。住宅街に忽然と現れるのが、豚゛太郎(どんたろう)です。
武蔵小山駅近くの平和通りに豚太郎という居酒屋があるのですが、もちろんまったくの別店です。
「いらしゃいませー」
扉を開けると、カウンター内にお父さんとお母さん、テーブル席には女性が小さな女の子を抱えていました。完全にご家族ですなw カウンターが8席ほど、4人掛けのテーブル席が3つ。こういう店にしては広いです。そしてキレイ。
ネタケースにはいろいろなネタが並んでいます。これは期待できます。ネタケースにネタが豊富=回転する=客が多い=いい店、だからです。
カウンターに座り、ホッピーをお願いしました。
「氷どうします?」
ほえぇ。ちゃんと聞いてくれるんだ。
「氷もお願いします」
私は三冷主義者ではありませんが、三冷主義者には嬉しいですね。こういうのって。
豊富なメニューに目移り
気になるメニューがいっぱい。どれもうまいんだろうなぁ。その中でも特に目を引くのがグラタンと手打ちそば。これはあとで絶対頼もう。まずはガツ酢を頂きました。
ピンと剣立った色鮮やかなキュウリとコリコリのガツ。味付けはポンズとわずかにドープ。キュウリとガツの組み合わせは最高。いくらでも食える。とてもおいしいです。
次は串いきますか。
「カシラ、レバー、ツクネ、塩でお願いします」
ネタケースの中を見りゃうまいことはわかります。ここはタレではなく塩でしょう。と、ここで隣の常連さんが「グラタン」と言いました。あー、まじですか。先越された。しゃーない。出てきたグラタン見て、「うわぁ、おいしそうですねぇ。じゃあ、僕も」作戦で行こう。
やって来たもつ焼きです。おそらくですが、レバーはなんらかの下処理をしていそうな気もします。もうちょっとしっかり観察しておけばよかったな。カシラは丁寧に開いています。とても柔らかい。そしてつくね! コリコリの軟骨が混ざったお手製のつくね。やばいです。超絶うまいです。
後ろを振り返るとこんな絵が。
豚が豚食っとるw シュール。
串を食べている間、お父さんはグラタンを作り始めます。そう、作り始めたんです。いちから。バターで玉ねぎ、きのこを炒め、白ワインを入れて、生クリームと牛乳を入れて、粉入れて。できあがったソースを器に移してオーブンへ。
繰り返します。注文が入るたびにいちからひとつずつ作ってるんですよ。しかも、手際がハンパない。チャチャっとソースをこしらえます。やばいでしょう。こういう居酒屋でこんなことしてるところは、まあまずない。
こんな姿を見せられてたんです。モツ焼きへの観察はぬるくもなりますってw
きのこグラタンがお隣さんに出されました。ハフッとしながらスプーンでグラタンを食べてらっしゃいます。まじやばい。じゃ、私も頼んでみますかね。
と、ここで、扉がガラッと開きました。常連さんのようです。しかし! 扉が開いた瞬間です。
「いらっしゃい」
「グラタン」
えええええ! こんばんはも言わず、扉開けた瞬間に「グラタン」てwww 機先を逃して、さらにこんな注文されては、もう頼めない。負けました。今日はグラタンは諦めよう。今度にしよう。
やって来た常連さんはテーブル席へ。椅子に座りながらこうおっしゃいます。
「いよっしょっと。ここのグラタンはうめえからなぁ。ビール」
こういう頼み方ができるってのはかっこいい。なぜなら、通い詰めてなきゃできない注文の仕方だから。いいなぁ。すてき。
それにしてもです。最初から気になってたんですよ。常連がこぞって頼むんですよ。そんなグラタンを今日はあえて頼まないんですよ。泣けてくる……w
仕方なくってわけでもないんですが、なす味噌炒めを注文しました。
見て、この照り! そして、皿からちょいとはみ出したナスの形! そりゃうまいって。うまいに決まってるよ。ナスは皮をちょっとむいてるんです。火が早く通る。だから、フニャっとしてない。シャキっとしてる。だけどしっかり油も回って味もしみてる。ピーマンもシャクッ。味付けは濃厚。一気に食いました。ナスを噛むとキュっと鳴る。やばすぎでしょう。天才。
待てよ。この感じ……。まさか、油通しでもしてたか!? うーん、グラタンが気になり過ぎて注意力散漫w
そば屋のそばじゃん!
〆は当然、手打ちそばです。
「そば打ってるんですか?」
「ええ」
「大変じゃないですか? 僕も二度ほど自分で打ったことあるんですけど、まあ難しい。うまくできませんでした」
「慣れだけどね。難しいのは水をこう……」
「水まわし?」
「そう、水まわしが難しいよね」
「水まわしもですが、延ばすのだって難しかったですよ」
「自己流だから。適当だよ」
「いえいえ。じゃあ、手打ちそばください」
「はい」
ほどなくして手打ちそばが出てきました。
言葉が出ません。
太さはまちまちです。角が立ってます。黒い粒が見えます。この色合いからすると、そば粉の割合が多いというだけではなく、相当いい粉を使っているのでしょう。完全にやばいやつです。見ただけでわかります。
何もつけずにひと口。あああ。もうだめ。そばの香りがしっかりします。プチっという歯ごたえは手打ちのそれ。不揃いな太さはむしろ食感にバリエーションを出します。喉越しもいい。そんじょそこらのそば屋のそばより断然うまい。
半分ほど食べ終えた時、そば湯が出されました。ばーかばーか。どうして? どうしてそんな完璧なタイミングなの? そば湯を入れてる湯桶もオシャレ。おかしいって。ここ、もつ焼き屋だよ?
2/3ほどはそのままで食べ、残りはツユにつけます。このツユもなぁ。なんなんだよ。ほんとに。最高じゃん。
そばを食べ終え、薬味をペロリといって、そば湯を注ぎます。呆れました。これ、打ち粉だけじゃないじゃん。そば粉溶いてるじゃん。トロみのあるそば湯。高級手打ちそば店とやってること同じじゃん。だめだよ、ここまでしちゃあ……。
「まっじでうまいですね」
「ほんと? ありがとう」
「あのー、どうして"とんたろう"じゃなくて"どんたろう"なんですか?」
「もう随分前のことだからねぇ。忘れた」
ま、なんか理由はあるんでしょうけど、今さら語るのも億劫、そんな感じw 深く追うのはやめておきましょう。
「こちらはどれくらいになるんですか?」
「昭和42年から」
「僕の歳より上だw けどその割にはきれいですね」
「一度、改装したから。10年くらい前かな。この辺も古い店はほとんどなくなって」
「そうですよねぇ(いや、そんな時代のことは知らないんですが)」
お母さんはお孫さんと常連さんの相手をしてらっしゃいます。常連さんはお孫さんを名前で呼んでらっしゃいます。いい景色。
手際よくモツを焼き、フライパンを振るお父さん。それをサポートするお母さん。いい風情のご常連。超絶うまいメシ。豚゛太郎(どんたろう)の素晴らしさを適切に表現する言葉を私はまだ知りません。
グラタンジェラシー
この記事を読んで豚゛太郎に行ったという人が結構いまして、ありがたいことではあるのですが、こんなことも言われるのです。
「グラタンおいしかったですよ」
お、俺はまだ食ってないのに……。
嫉妬を積み重ねること約3年半。グラタンを食べに豚゛太郎を再訪しました。
メニューには定番であろうキムチグラタンのほか、本日のグラタン(ほたて・わかめ)もあります。少々悩んで本日のグラタンをお願いしました。
この日は作り置きされたグラタン(ホワイトソース)でした。もちろん作り置きでも構いません。いや、むしろ作り置きの方がいい。それだけ注文されているということだろうし、時短にもなるし。
オーブンで焼かれること約10分。
あああ。これが待ち焦がれたグラタン。
ひと口。
ふた口。
み口。
とても熱いのですがスプーンが止まりません。
チーズが多めでトロットロ。ホワイトソースはさほど塩味が強くありません。だからこそチーズがいいパンチとなるし、具のおいしさが引き立ちます。一気に平らげました。
もし豚゛太郎が学芸大学にあったら、「学大で食べるべき20の料理」に入れます。余裕でランクインします。べらぼうにうまい。
あの晩の先輩のセリフは本当だった。扉を開けた瞬間に頼みたくなる気持ちもよくわかります。
ゴールデンウィークだというのに(だからこそ?)、カウンターはぎっしり。テーブル席にも団体さん。お父さんとお母さんは大忙し。本当はいろいろ話したかったし、いろいろ食べたかったのですが、また今度、落ち着いている時に来るまで楽しみは取っておこう。
これでようやく堂々と豚゛太郎を語れる。そして、もう嫉妬することもない。少し胸を張って豚゛太郎の赤提灯に別れを告げました。
SHOP DATA
- 豚゛太郎(どんたろう)
- 東京都目黒区原町2-2−19
- 03-3711-1642
- 公式