三軒茶屋駅から徒歩10分弱。駒沢大学駅から徒歩15分弱。中里通り商店街沿いに藪そばがあります。
その日は台風でした。大雨の中、なぜゆえこんな遠くまで。いや、実はそういうクセがあるんです。自分でもよくわからないのですが、とりあえず私は"SとMの自作自演"と称しています。まあ、やけっぱちとも言うw
晴れてる日に再撮影。素敵な外観。
外観からして相当に古いお店であることはわかるのですが、店の中もそうです。別に汚くはありません。きれいです。けど、椅子やテーブル、衝立(ついたて)、石垣風に飾られた壁の装飾に時代を感じます。
お母さん、お父さん、息子さんと思しき方の3名がいらっしゃいます。フロアを担当するのはお母さん。
「かつ定食というのは、かつ丼とそばですか?」
「丼にはなってないの。かつ煮とご飯は別々」
「そうですか。うーん。じゃあ、カツ丼の並ともりをお願いします」
「だったら、かつ定食にしたら? かつ煮をご飯に乗せればいいんだし」
「じゃあ、かつ定食で」
ああ、そういうことなのね。まあいっか。
表の看板は藪。草冠です。ですが、メニュー表は籔と竹冠。ふむ。
当籔は他店に類のない純茶そばにて自信をもって、皆様のご賞味をお待ちしております
なんだかすごい日本語なんですがw、それはいいとして、「純茶そば」とな。はて?
純そばという言葉はあります。最近はあまり使いませんが、つなぎを一切使わない、蕎麦粉のみで打つそばのことを純そばと言います。
「純茶そば」でgoogle検索をしてみたのですが、この言葉を使っている店はほとんどありません。店独自の造語のようなものかもしれません。その意味するところは不明ですが、蕎麦粉と抹茶しか使っていないといったニュアンスでしょうかね。
まずはかつとご飯がやって来ました。
写真がひどい。大雨でスマホカメラの調子がおかしかったようです。遠くを撮るのは大丈夫だったのですが、近いものを撮るとボケボケ。それだけ雨がすごかったというね。
小ぶりのかつ。ご飯の量は茶碗と丼の中間くらい。甘くて濃いめのツユです。なんだろうな。店で販売されているカツ丼ってあるじゃないですか。あんな感じ。決してネガティブなニュアンスではなく、いい意味でジャンク感があります。
それにしても。カツ丼というメニューはあるわけです。なぜセットはカツ煮とご飯を別々にするんでしょう。うーん、ちょいと私の想像力が足りないなぁ。わからん。仮にそれが単なる店の都合であったとしても、それはそれでいい。いいんですが、その真意がわからない。別にダメだって言ってるわけではなくね。
こうして別々で食べることはほとんどないし、できればカツ丼として食べたいと思っていたんですが、私に宿題を課してくれたという意味ではよかったな。今後、機会があるごとに考えてみよう。
さて、お母さんは私の食べ進め具合を確認していたようです。ちょうど食べ終える頃合いにそばがやってきました。
緑は薄め。そばは短め。プツプツと切れているものも混ざっています。そしてエッジが立ってる。手打ちっぽいぞ?
食べると、そこそこにコシがあります。みずみずしさもある。お茶の風味はほとんどしません。目をつむって食べれば、普通のそばと言われてもわからなかったはず。
最初の数口はそのまま、残りはツユにつけて食べてみます。藪そばというと濃くて辛めのイメージがあるのですが、ここのツユはそうでもありません。ダシもしっかり香って、まろやかです。ふむ、おいしいな。
食べ終え、水を飲みながら、改めて店内を見渡します。ひときわ目立つのが壁に掛けられた大きな古い振り子時計。振り子のガラス戸には「銀座藪」の文字が見えます。
そして、各テーブルに置かれた七味入れにも「銀座藪」。これは草冠? 竹冠?
「こちらはどれくらいになるんですか?」
「50年くらい」
「その時計にも、ここにも『銀座藪』ってありますよね」
「もともと銀座の『藪』にいて、ここに出したの。銀座にもう『藪』はないけど」
「どのあたりにあったんですか?」
「7? 8丁目?」
「そうなんですか。ごちそうさまでした」
「なかなか量もあったでしょ?」
「ええ。おいしかったです」
かつもそばも、それほど量はありません。両方を合わせても多くはない。けど、何気にお腹は満足します。不思議だなw
もし再び行くことがあれば、カツ丼を単品で頼んでみよう。
「そば」の漢字
「そば」は漢字だと「蕎麦」と書かれることが多いです。その語源を書きだすと、大変なことになってしまうので、簡単に端折って紹介します。
平安時代の書物などには「曾波牟岐(そばむぎ)」と表記されていました。
「蕎」は草冠に「喬」。「喬」は高くそびえている様子のこと。植物のソバは背が高いので「曾波牟岐」は「蕎麦(そばむぎ)」と書かれるようになります。ただ、時が経つと「そばむぎ」は「そば」と略して言われるようになり、「蕎麦」は「そば」と読まれるようになりました。
そば屋の変体仮名
そば屋の看板は難しい字で書かれていることがありますよね。
学芸大学駅ホームから見えるやぶそばの看板です。「や」「ば」は普通の平仮名。「ぶ」「そ」は変体仮名(異体仮名)です。
変体仮名は平仮名の字体の一種。昔はいろいろな平仮名がありました。ところが、1900年に現在の私たちが知っている平仮名に統一されました(小学校令施行規則改正)。そうすると学校では教えない=廃止された平仮名が出て来ます。こうした平仮名が変体仮名です。
参考サイト/wikipedia:変体仮名
さきほどのやぶそばですが、2文字目は漢字「婦」が元になっている変体仮名。3文字目は漢字「楚」が元になっている変体仮名。変体仮名は漢字ではなく、平仮名の字体の一種ですから、あの看板の文字をここに書き写すなら、「や婦゛楚ば」ではなく「やぶそば」と書くのが適当でしょう。
そば屋・やっこも同様です。「やっ古」と書いてあるように見えますが、「古」を崩した変体仮名なので、これは「やっこ」です。
三軒茶屋/上馬の藪そばの看板に書かれた変体仮名の謎
では、今回ご紹介した藪そばはどうでしょう。これはふたつの意味で非常に難しい。
第一。上述の通り、「蕎麦」を「そば」と読むのは「むぎ」を省略して呼ぶようになったから。当て字というわけではないのですが、まあ、ここでは便宜的に当て字とでも言っておきましょう。
ですから、「蕎=そ、麦=ば」ではないということです。にもかかわらず、これはそば屋の看板でよくあるのですが、「蕎=そ、麦=ば」として字を当てています。まあ、一種の言葉遊びのようなものですな。
第二。じゃあ、ふたつ目の文字はなんなんだと。「そ」に該当する変体仮名はいくつもあるのですが、そば屋の看板では「楚」を崩した変体仮名が使われることがほとんどです。けど、この文字はどうもそうじゃない。
こちらが「そ」に該当する変体仮名の一例。どうですか? 看板と同じものがありませんよね。確かに文字の上部は「蘇」を崩した変体仮名に見える。けど、下部にそれ以外のものが混ざっています。「句」の「口」の部分が「一」になっているような部位。なんなんだとw
いろいろ調べてみたのですが、結局、わかりませんでした。とりあえず「そ」の変体仮名ということは確かでしょう。
つまり、「藪そば」の看板に書かれた文字は、変体仮名とカッコ付の"当て字"が混ざっているということです。ややこしいったらありゃしないw
ちなみに、「藪そば」の暖簾はわかりやすい変体仮名です。「きそば」ですね。普通に漢字で書くと「生蕎麦」。この暖簾の変体仮名は「幾」が元の「き」、「楚」が元の「そ」、「者」が元の「は(+濁点)」。「きそば」の左の二文字は「御膳」の草書体。
銀座の藪の謎
藪そばのお母さんが言っていた、銀座の「藪」を調べてみました。が、こちらもまったくわかりません。唯一、こんな写真が見つかりました。
昭和4年撮影。銀座通り、三越の隣にあった藪蕎麦です。ただ、ここは銀座四丁目。お母さんは七丁目か八丁目と言っていたので、これとは別の藪かもしれません。
そして、銀座藪でgoogle検索をすると、面白い店が引っかかります。銀座 藪そば 市川店と銀座 藪蕎麦 千住支店です。後者のそばは茶そばです。
おそらくは銀座にあった藪から暖簾分けしたのでしょう。けど、この藪が前出の銀座四丁目の藪蕎麦なのか、あるいは他の藪なのかはわかりません。市川と千住の銀座藪が同じとも限りません。
まとめるとこういうことです。
- 店名で銀座藪と明確に謳っているのは銀座 藪そば 市川店と銀座 藪蕎麦 千住支店
- 三軒茶屋/上馬の藪そばは銀座七丁目か八丁目にあった藪そばから独立(暖簾分け?)
- 銀座四丁目に藪蕎麦というそば屋があった
- 市川、千住、三茶が言う銀座の藪がどこにあったのかは不明だし、それぞれが同じとも限らない
なんもわかってねーじゃんw いや、わからなかったということがわかっただけでも意味はあるのですよ。たぶんw
SHOP DATA
- 藪そば
- 東京都世田谷区上馬1-32-21
- 03-3414-5413
- 公式