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くじら軒のパーコ麺はまろやかで誰もが好きになる自然体の味わい。ふと思い出して食べたくなるラーメンです~神奈川淡麗系・96年組・くじら軒の歴史

くじら軒のメイン画像・パーコ麺 濃口醤油味

神奈川淡麗系の元祖

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横浜市営地下鉄グリーンライン/ブルーラインのセンター北駅から徒歩10分。区役所通り沿いにくじら軒というラーメン屋があります。1996年にオープンした神奈川淡麗系の元祖です。

神奈川淡麗系とは鶏と魚介をメインとした透明度のあるさっぱりスープのラーメンです。2000年前後から神奈川県で流行りました。代表的な店は、くじら軒(1996年創業)、中村屋(1999年創業)、流星軒(2000年創業)。中村屋も流星軒もくじら軒にインスパイアされているので、くじら軒が神奈川淡麗系の元祖と言えます。

なお、くじら軒は弟子も多く輩出しています。くじら軒出身者の主なラーメン屋には以下があります。

  • ハマカゼ拉麺店
  • 客野製麺所
  • 自家製麺 緑
  • ラーメン剛(閉店)
  • ○月や(まんげつや/閉店)

96年組

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中華そば青葉の中華そば

1996年、ラーメン界に多大な影響を与えることになる名店が相次いで創業しました。くじら軒、麺屋武蔵、中華そば青葉です。ラーメン業界ではこの3軒を96年組と呼びます。

それぞれに個性はあるのですが、共通しているのはWスープ。今となっては当たり前のWスープですが、当時は画期的、斬新なラーメンとして大きく注目されました。

1996年に創業したラーメン屋はほかにも中華そば 多賀野、九十九ラーメン、柳麺ちゃぶ屋(閉店)などがあります。

くじら軒の歴史

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くじら軒の創業者は田村満儀さん(昭和24年7月30日生まれ)。祐天寺の八百屋の第4子として生まれ育ちました。

サラリーマンとして働いていた田村満儀さん。幼いころに食べていた実家の八百屋の隣にあったラーメン屋の味が忘れられず、46歳で独立。ラーメン屋・くじら軒をオープンさせました。店名には「クジラのように大きな存在になりたい」という想いが込められているのだとか。

学芸大学に住む私は隣町・祐天寺にもしょっちゅう行きます(※)。ですから、その八百屋はどこにあったのか、隣のラーメン屋はなんというラーメン屋だったのかがとても気になります。機会があれば聞いてみよう。

※幼稚園時代の2年間、祐天寺(蛇崩方面)に住んでいたことも。記憶はほとんどありませんが

参考/力の源通信:ラーメン東へ西へ~くじら軒

くじら軒の思い出

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五本木通り沿いにあったくじら軒 学芸大学店(閉店)/Googleストリートビューより

2024年1月現在、くじら軒は一軒だけですが、過去には以下の店舗がありました。

  • 学芸大学店(2002年7月~2010年)
  • ルミネエスト新宿店(2002年11月6日~2009年1月31日)
  • たまプラーザテラス店
  • 上大岡店
  • 八重洲店
  • 小樽店
  • 品川店

※順不同

私が学芸大学に越して来たのは2013年なので、もう学芸大学にはくじら軒はありませんでした。ただ、新宿店でくじら軒のラーメンを食べた記憶はあります。もう15年ほど前のことなので、味はほとんど覚えていませんでしたが。

さて、ある晩のこと。学芸大学の某バーで、男性二人組と隣になりました。お一人はスナック・愛鈴の娘さんの旦那さん、もうお一人はくじら軒の方。六中出身とおっしゃってたかな。このブログも読んでいただいていて、いろいろお話をさせていただきました。

ふむ、これはいいきっかけだ。学芸大学にも店を構えていた、界隈出身者による老舗・名店のラーメン――食べるしかないでしょう。知人たちとくじら軒へ向かいました。

くじら軒名物・パーコ麺

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店内は4人掛けテーブルが3卓、カウンター席が14席。木のぬくもりが感じられます。擦り切れたテーブル・カウンターは30年に渡って多くの人たちに愛されてきたことを物語っています。

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メインはらーめん、塩らーめん、支那そば、そしてくじら軒名物のパーコ麺。

パーコは中国の料理・排骨(パイグゥ)のこと。豚肉に衣をつけて油で揚げたもので、中国では骨付きばら肉が使われますが、日本では骨なしのばら肉やロース肉が使われることが多いようです。くじら軒のパーコは豚肩ロースを使用しているそう。

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おつまみ三種盛。炙られて香ばしいジューシーなチャーシュー、チャーシューのタレに漬けられているような味玉、妙な甘ったるさや酸味のない柔らかい支那竹。ビールを抑えるのに骨を折ります。

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パーコ麺 濃口醤油味。

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素揚げ?と思うほど衣は薄く、豚肉には中国の焼豚(叉豚)のような甘味・香りがしっかりとついています。普通のロースではなく豚肩ロースだからでしょうか、とても柔らかい。そして、時間が経つにつれ、衣がスープを吸い、トロンとしてくる感じもいい。

麺は大橋製麺の細めのストレート麺。加水率が高めで柔らかめ。ツルツルとした口当たりが気持ちよく、スープをよく持ち上げます。

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アンミカと耳穴と煮干しw

スープは豚骨・鶏ガラと、かつお節、さば節、煮干しなどの魚介系のダシが混ざっているそう。香り高く、コクがあるのですが、どれかが際立っているということはありません。すべてが混然一体となって、丸くまとめられています。

薄口醬油味と濃口醤油味があるのですが、濃口だからといって醤油感が強い、しょっぱいということもありません(薄口醤油のほうが塩分濃度は高い)。とてもまろやかです。パーコの甘味や油がスープに移り、これもまたスープにコクやまろやかさを上乗せしているようにも感じます。

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パーコ麺 塩味のスープも飲ませてもらいました。醤油がない分、スープのうまみが一層引き立っているようにも感じました。そしてエビのような香ばしさも感じたのですが、これは気のせい? 何だろう。ニンニクや鷹の爪などを揚げて作る香味油の風味かな?

子供、女性、中高年男性、青年と客層はバラバラ。それもそうでしょう。このラーメンは老若男女誰からも好かれる味だと思います。

いやー、おいしい。おいしいし、なんだかホッとします。毎日でも食べたくなるような安定感。30年前に一世を風靡し、30年間、支持され続けてきたラーメンは伊達じゃない。

ふと思い出し食べたくなるラーメン

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15年前はパーコ麺ではないラーメンを食べていたと確信しました。さすがにパーコ麺を食べていたら覚えているはず。

また、覚えていないのも道理だと思いました。くじら軒のラーメンは尖っていない。マイルドでクセがない。穏やか。だから、ほかのパンチのあるラーメンを食べ続けていたら、記憶に残りづらい味かもしれません。

けど、だからこそ愛され続けているんだろうなぁとも思います。刺激が強すぎても好みが分かれますし、しょっちゅう食べたいと思えないかもしれません。そして、仮に味を忘れてしまったとしても、おいしかったという記憶、ホッとした記憶だけは残っている。だから、またいつかふと食べたくなります。

ああ、そうだ。とんこつ麺 砂田のラーメンがそうだった。「あの味が忘れられなくてまた食べたくなる」ではなく、「あの味を思い出したくてまた食べたくなる」。それくらい舌に、体に馴染んでしまう自然体のラーメン……。

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約15年ぶりのくじら軒だったわけですが、ラーメンが進化し、多様化した結果、そして私たちの舌も変容した結果、創業当時は驚きをもって食されていたラーメンが今ではホッとできるラーメンになっていました。時代の移り変わりを感じます。と同時に、今となっては珍しくはないWスープや香味油なのに、今なお支持され続けているというのはすごいことだとも思いました。

遠いのでそうそう行くことはできませんが、またいつか、ふと思い出して食べたくなり、くじら軒を訪れることになるのでしょう。

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