武蔵小山駅・西小山駅から徒歩10分前後。学芸大学駅からは20分ほど。平和通り商店街沿いにある八百屋「八百金」。のちほど詳しく紹介しますが、創業100年を超す老舗です。
はす向かいにある二葉フードセンター内の巨大な八百屋・二葉屋へ行ったのですが、山のようにあった130円のパクチーがちょっと離れた隙に売り切れてしまい(大量に買い占めていったヤツがいるはず。誰だ!w)、どうしたものかと思ったら、目の前の八百金に120円でありました。過去、2、3度、八百金で野菜を買ったことがあるのですが、いつもだいたいこのパターン。
※二葉フードセンター、二葉屋は2021年に閉業しました
なにか? みなまで言うなw それはまた後ほど。
いつでも何でも安いというわけではありません。じゃあ物がいいかというと、すべてがそうというわけでもない。なんだかよくわからない品ぞろえw メリハリがあると言うか。
たとえば大根。産地表記のないものは200円、北海道産は250円。実は両者は同じで、200円で売るために、あえて250円の値札も陳列しておき200円を安く感じさせるというテクニックではないとするなら、こんな小さな八百屋で2種の大根を揃えるというのが面白い。ネギも同様です。前日の残りと当日仕入れの差? 物が本当に違う? なんだろうな。見ているだけで楽しい。
ちなみに、この日の二葉屋の大根は120円でした。けど、物は八百金のほうがよく見えます。
お目当てのパクチーは先述の通り120円。二葉屋よりも安い。セロリは1本60円。カブも安いな。キャベツは50円か。ただ、さほど物がいいようには見えないものも。もちろんそれに相応した値段ですし、調理法によってはこれで十分なんですが。
なんだか不思議な品揃え、値付けです。もちろん、理由があってのことなんでしょうけど。とりあえずパクチーを手に取り、お父さんに120円を渡します。
「はい、120円ちょうどね」
「こちらはどれくらいになるんですか?」
「100年以上。戦前からだよ」
「ええええ。すごっ。てことは……3代目でらっしゃるんですか?」
「いや、私は2代目であっち(店の奥を指しながら)が3代目」
「そうですか。もともとはあっち(薬局・セイジョー、銭湯・月光泉のほうを指しながら)だったんですよね」
「そう。もともとはそこ(二葉フードセンターを指して)にあったんだけど、焼け出されて、あっちへ移って、そしてこっち」
まとめるとこうです。戦前、八百金は二葉フードセンターのあたりにありました。空襲により焼け出され、戦後、現・セイジョーの隣で再開します。2013年~2014年頃、一軒屋だった店はマンションへの建て替えとなり、現在地へ移転しました。
八百金という八百屋は結構あって、豊洲の新市場にもあるんだけど、なんか関係あるのかな。もちろん今は関係ないんだろうけど、もともとはどこかからののれん分けだったり。今度聞いてみるか。
「このあたりは空襲がひどかったって聞きます。けど、今でもこうして人がいっぱい来る商店街ですし……」
「いやぁ、ぜんぜん。昭和40年代頃までかなぁ、人でごったがえしてて、よくスリが出てたくらい。その頃に比べるとねぇ」
平和通り商店街が賑わっていたということを情報としては知ってます。けど、それを実際に経験してきた店主と私とでは、当たり前ですが心持ちがまったく異なります。お父さんは寂しさを感じていますが、私は昨今の他地域の商店街を見聞きするに、ここ平和通り商店街はまったくもっていい方だと感じます。まあ、遊びに来てる私のような人間の感慨よりも、何十年と平和通りを見続けて来られた方の実感の方が重みはあるわけですが。
八百金の看板猫。2009年にセガトイズが発売したペットロボット「夢ねこヴィーナス」です。
「この猫、名前あるんですか?」
「名無し(笑) まだ動くんだよ」
そう言って、猫の頭をポンと叩くと、猫は首を振り、手足を少し動かしました。
「ははは。では、また寄らせて頂きます」
「ありがとうございましたー」
空襲で焦土と化した街を再建したおじいちゃん。高度経済成長期には人で溢れ、その後、人が減少していく様を目の当たりにしながら、店を、街を支えてきたお父さん・お母さん。通りすがる人たちや、ちょっと寄ってひと言、ふた言、言葉を交わしていく人たちに癒しを与える古びた猫ロボット。
なんかね、この猫ロボットは100年の間ずっとここに横たわり街を見続けているんじゃないかと、勝手に変なことを妄想して、ここを通るたびにフフフとなるんですw
さて、こちらが買ってきたパクチー。かなりの量です。これで120円は安いでしょ。どうしたかというと。
まずはバインミーに(スライドさせると画像7枚見られます)。これは学芸大学のスタンドバインミーが主催したバインミーレシピコンテストに出品したものなのですが、なんと、この牛しぐれ煮バインミーが優勝しました。
こちらは優勝特典として店舗で優勝作が商品化されたの図。いやぁ、八百金のおかげ!
次の日はパクチーサラダ。
本来、パクチーはこうやって食うもんじゃないとは思うのですが、たまにはね。ワシワシ食います。おいしいなぁ。まさかこんな野菜(ハーブ)を扱うことになるとは、100年前、おじいちゃんも想像してなかっただろうなw
品切れは別として、八百金にあって二葉屋にないものはおそらくありません。基本的には二葉屋のほうが安いです。けど、近隣の飲食関係者の動きを見ていると、とても面白いんです。そんな二葉屋が目の前にあるのに(二葉屋に行ってるのに)、わざわざ八百金へ寄って何かを買っています。
プロがそうしてるんだから、何かわけがあるはず。もちろん、お願いして個別に仕入れてもらっているものがあるのかもしれません(実際、そういうパターンはよくある)。けど、それだけでもなさそう。こだわって仕入れたいいものがある、あるいはお得な掘り出し物があると知ってるからだよきっと。
そう気づいて以来、そしてお父さんがよくお話しになる楽しい人だとわかって以来、八百金に寄るのも楽しくて。
二葉屋へ行くついででもいいです、ちょいと一度のぞいてみてはいかがでしょうか。何気にいいかもしれませんよ?
SHOP DATA
- 八百金
- 東京都目黒区目黒本町4-2−8
- 03-3712-7378
- 公式
平和通り商店街と映画館
八百金のお父さんとは何度も話をしています。とても面白かったのが映画館のこと。先ほどのスリの話の続きです。
「そこには映画館があったって聞きますし、人が多くて賑わってたんですね」
「セイジョーのところね。あとあっちの月光町にあって、その向こうには大映があって」
なぬ。
界隈の60代、70代の方と幾度も飲んだり話したりしていて、そのたびにこのような話を聞いているのですが、人によって言うことがまちまちw ネットでも調べてみたのですが、とにかく情報が錯綜しています。
戦前、富士館という映画館があったので、この通りは富士館通りと言われていたそうです。ところが、一帯は空襲で焼け野原となります。そして戦後、平和への願いを込め、平和通りと名付けられました。
この富士館に関しては情報がまったくありません。銭湯・月光泉のところにあったと何度も話を聞いていたのですが、八百金のお父さんはセイジョーのところだとおっしゃいます。これは初耳。そしてびっくり。
きっと八百金のお父さんのほうが正確です。なぜなら、八百金はセイジョーの隣にあったから。ただ、八百金のお父さんが富士館を直接知っている、行ったことがあるかというと、たぶんそれはないはず。なぜ富士館の話が曖昧に伝えられ、情報が定かじゃないかというと、おそらく戦前にはもう閉館していたから(空襲で焼けた可能性も)。70代じゃ記憶にないだろうな。
一方、月光館のことはそれなりに話がはっきりしてきます。戦前から芝居小屋としてあって、その後、映画館となり(昭和27年?)、その後、ストリップ劇場になりました。この間、月光館からキリン座(キリン館?)と改称され、もしかしたら三光館とも改称されていたかもしれません。
航空写真で見てみましょう。
1936年。画質が悪く判然としませんが、おそらく富士館はまだあったはず。二葉フードセンターの場所は小さな建物が密集しているように見えます。もちろん、まだ二葉フードセンターはありません。そして富士館通り(平和通り)沿いには八百金があったのでしょう。
月光館はどうでしょう。ちょっとわかりませんね。月光泉も判別不能です。もうあったのかどうか。矢印の少し先がそうなのかも?
1947年。戦争が終わって2年が経ってます。ただ、焼け払われた形跡ははっきりとわかります。
月光泉はないですね。まだなかったのか、戦争で焼けたのか。
富士館の場所には映画館と呼べるような大きな建造物はありません。その代り、道沿いに小さな民家が見えます。この内の一軒が八百金かもしれません。
二葉フードセンターの場所には平和通り商店街沿いに建物が建ち、裏道にも小さな建物があります。ただ、現在のような形ではありません。
月光館は立派ですねw
1960年代。月光泉はもうあります。二葉フードセンターも姿を現しました。月光館も見えます。この頃から1970年代にかけて、平和通り商店街は最盛期を迎えます。
ちなみに、武蔵小山界隈にはたくさん映画館がありました。
- 富士館
- 月光館(キリン座、三光館?)
- 巴里座/パリー座(駅前の現ロータリー)
- 南星座(巴里座と隣接)
- バラ座(マクドナルドを右折した先のパルム駐車場)
- ムサシ小山東映/武蔵小山東映(現オオゼキ?)
- 荏原大都館(のちに荏原大映劇場。現ハードオフ?)
- プリンス座映画劇場(プリンス通りの現ローソン)
荏原武蔵野館という映画館もあったそうなのですが、詳細は不明です(荏原大映劇場と同じ?)。また、プリンス座は荏原プリンス座、荏原東映プリンス劇場、荏原プリンスといった名前にも改称されていたそうです。
街はどんどん変わって行くわけですが、2019年、2020年あたりには、平和通り商店街にある変化が訪れる予定だそう(※先述の通り二葉フードセンターがなくなりました)。八百金はもちろん界隈にとって、とてつもなく大きな影響を与えることになると思います。私にも影響がある。
そういうもんだと達観する自分と、この上ない寂しさ・やるせなさを感じる自分が心の中に同居していて、けど、二人は喧嘩することなく、とりあえず二葉フードセンターへ、あるいは八百金へ自転車を向かわせるしかないという点では、完全な合意が形成されています。
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— 後藤ひろし(ひろぽん) (@gokky_510) 2018年11月3日
2009年発売だから約10年。いつ買われたのかはわかりませんし、店頭に置かれるようになったのは比較的最近のことではあるのですが(たぶん)、もし仮に10年ずっとここにいたとして、日に延べ300人ほど通行人を見ていたとしたら、それこそまさに「100万回生きたねこ」ならぬ、100万人見てきたねこだ。八百金の猫ちゃんはこの街をどう見てきて、これからの変化をどう思い見つめることになるんだろうなぁ。