※おでん おばこは2021年ごろ?再開発に伴い、すぐ近くに移転しました
福島県・郡山駅のすぐ目の前のアーケード街。
街の大きさに比して、歩いている人は少なく、日曜日の15時という中途半端な時間帯であることを加味しても、初めてこの地を訪れた、そしてできればいい酒場と出会いたいと思っている人間に暗澹たる気持ちを抱かせるには十分な光景が眼前に広がっています。
粉雪が舞い、路面にはまだ雪も残っている、おそらくは繁華街であろうこの一帯を一時間ほどかけて散策しました。その中で気になったのは二軒。ホテルにチェックインし、少しパソコンを叩いて、店が開く頃合い、18時ごろに先ほどの二軒を目指します。
二軒の内一軒は「両国」。餃子がおいしいと評判の街場の中華屋です。しかし、日曜日は定休日でした(日祝水が定休日との張り紙がありました)。仕方ない、次を目指そう。明かりが灯りだしたチェーン系居酒屋やキャバクラの看板を横目に、もう一軒へと向かいます。
以下は移転前に書いたものです。
郡山駅から徒歩3分。駅前の大通りの一本裏手にあるおでん おばこ。後ほど調べてわかったのですが、おばこは東北地方の方言で若い娘という意味だそう。
引き戸を開けようとすると、ギシッ、ミシッ。この上なく立て付けが悪い。なかなか開きません。苦心して開き、そして閉め「こんばんは」。
中にいたのは60代くらいと思しき、着物に割烹着という出で立ちの女将さん。一見が珍しいのか、私の風貌が怪しいのか、こんなに苦労して扉を開け閉めする客がいないのか、訝しがる視線がこちらに飛んできます。
「一人なんですが」
「どうぞ」
0.5秒でベストな席を見極め椅子を引き、それなりに時間をかけダウンを脱ぎます。
「ビールをお願いします」
「生しかないんですが」
圧倒的瓶派の私は0.2秒の逡巡。
「ぜんぜん、なんでもいいですよ」
女将さんがビールサーバーの泡の具合を調整している間に店内を観察します。L字のカウンターは8席ほど。メニューは見当たりません。キープボトルらしきものが並んでいます。棟方志功ぽい絵(版画/レプリカ)がいくつか。
何かを読み取ろうとしたのですが、読み取れません。それなりに古い店のはず。こういう店には店の性質を匂わすようなものがいくつかあるものなんですが、妙にこざっぱりとしています。女将さんの人柄かな。そういう意味では、このこざっぱり感にこそ店の特質が表れているのかもしれません。
冷えたビールと重厚な灰皿。かわいい布製のコースター。ビールに口をつけると、なぜかその瞬間におでんのダシがふわりと香ってきました。
お通しは昆布やニンジン、厚揚げなどを炊いたもの。お通しというよりも一品料理と言いたくなるクオリティ・量。
「これ、おいしいですね」
「あら、そう」
そっけないw
「この昆布はダシで使ったものを刻んでたりですか?」
「いえ、それは切り昆布。またぜんぜん違うの」
「そうですか。夕方ごろに前を通りまして、なんだかいい雰囲気だなぁと思って寄らせて頂きました」
「あら、そう」
そっけないw
「郡山のかた?」
「いえ、東京から仕事で来ました」
「何もないでしょう、郡山なんて」
「そうなんですか? 郡山は何か名産品とかは……」
「何もないわよ。ここはみんな通過するだけ。会津とか福島(市)のほうまで行けばいろいろあるんだけど、福島(県)って広くて何でもあるから、逆にこれというのがなかなかないのよ」
翌日に知ったのですが、もともと郡山は宿場町でした。その名残は今でも続いているのかもしれません。
「ご出身も郡山なんですか?」
「ええ、郡山から出たことないの(笑)」
そっけなくはあるのですが、不愛想ってわけではありません。穏やかに、時に笑顔でおしゃべりになります。ただ、積極的に来る感じではありません。なるほど、やはりこの店の雰囲気通りだ。さっぱりしてる。けど、なんだか暖かくて落ち着きます。
「こちらはどれくらいになるんですか?」
「58年来」
「ええええ」
「私は2代目で24年」
「24年ったら、このあたりも変わりました?」
「やっぱり震災ね。人がぜんぜんいなくなって。この前もお店がいっぱい入ってるビルだったのに、今は駐車場でしょう。人はいないのに駐車場にすると車が入るのよね。不思議ね。ここ、大きな道路を通すの。人がいないのに大きな道路作ってもねぇ。30年前の計画なのよ」
東京都近郊でもありますし、地方都市でもよくある典型例。大きな道路を通して、大きなビルを建てると街が分断される。店が散在するようになると、人の流れにまとまりがなくなり、客足が鈍る。個人店が廃れる。街の特色が失われる。結果、妙にだだっ広い道や近代的なビル、大規模チェーン店が目立つ、どこにでもありそうな街並みができあがります。
余談ですが、学芸大学のある店は冒頭のアーケード街にありました。どういう理由があって学芸大学に移転して来たのかはわかりませんが、郡山駅前の現状が一因だったとしても不思議ではありません。
一品料理もあるのでしょうけど、メニューが見当たりませんし、とりあえずは目の前のおでんを頂いてみなければ。
「おでんをお願いしたいんですが」
「はい」
おでんのツユでカラシを溶く女将さん。そうそう、こうするんだよね。「おばんざい 智華んとこ(ちかんとこ)」(赤坂見附)もそうだった。「おでん くりこ」(武蔵小山)も確かそうしていたはず。
「大根と、ちくわと……」
「まだ若い大根で」
ん? いま「若い大根」って言った? 浅い? おでんとか煮物の用語であるのかな? たぶん、まだ十分煮えてないって意味なんだろうけど。
「いや、それでもぜんぜん構わないですよ。あと、そうだな。何か福島というか郡山ならではというタネがあったりします?」
「いえ、特には」
「じゃあ、糸こんにゃくと玉子お願いします」
「玉子もまだ……」
「いえいえ、ぜんぜん」
開店早々にうかがいました。もしかしたらお客さんが来だすのは普段はもう少し遅めなのかもしれません。
優しい香りがふわり。まずはツユをひと口。ダシがしっかり感じられます。これはカツオかな。昆布も使われているのかもしれませんが、節系のうまみが強めです。塩味(えんみ)は控えめですが、淡いというわけでもない。芯のあるダシ。
わずかに面取りされた大根は、確かにまだ堅さを残していました。味の浸みも浅い。けど、これはこれで。ジュワッとツユが溢れ出すちくわといいコントラスト。
「おいしいです」
「あら、そう」
あえて多めにつけたカラシが鼻にツンと来るのが好き。玉子の黄身を少々残しておいて、最後、ダシに溶いて食べるのが好き。
おでんと同時に日本酒を頼みました。
「あるのは大七(だいしち)と栄川(えいせん)。どっちも福島の」
「どっちかなぁ。じゃあ栄川をお願いします」
「大七 純米生酛(きもと)」(大七酒造)はもしかしたら飲んだことがあったかもしれません。けど、覚えてないくらいだからほぼ初。「栄川」(栄川酒造)は初めて見ました。勘で選んだのは「栄川」。
「グラスでいい?」
「ええ」
コップになみなみと注がれました。口を持って行ってほんの少し吸い、表面張力をなくしてコップを手元へ。
「初めて飲みましたが、おいしいです」
「あら、そう」
おそらく本醸造だと思います。ただ、栄川酒造には"特醸酒"という独自の区分もあります。説明を読んでも、本醸造と特醸酒の違いはよくわからないのですがw いずれにせよ、吟醸香は控えめで、辛口とまではいかないけれど、スッとキレる。これがいわゆる中口というやつか? このダシにはこれくらいの味がちょうどいい。これ以上、辛くてもサッパリしすぎる。甘めに振れる分には大丈夫だろうけど。
おでんに日本酒。さっぱりしてるけど、優しくて素敵な和装の女将さん。旅情が出ていいね。初めて来たというのに、なんだかホッとします。
「お勘定をお願いします」
「じゃあ、2000円」
もしかしたら端数を切ってくれたかもしれません。たぶん、中瓶600円+日本酒500円+おでん150円×4個+お通し300円=2000円とか? おおよそそれくらいだと思います。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
ギシギシときしむ扉を開け、店をあとにしました。
おでん おばこの正面には開発を待つ大きな駐車場。隣はいかにもな風俗店。アーケード街にはきらびやかなチェーン店とキャバクラ、ガールズバーが建ち並んでいます。正直、この街に居心地の悪さを感じていました。せっかく訪れた街がこれかと。
けど、それは私の思い違い、いや、不遜でした。初めて来た人間がササッと散策した程度で、何も知らないのに、わかった風になっていただけ。実際、おでん おばこという素晴らしい店があったじゃないか。ギュッと目を凝らして、じっくり幾度も街を歩けば、他にもこうした店はあるはず。
入る時の扉のきしみは少々の重苦しさを感じさせましたが、出る時のギシギシとした扉の感触にはむしろ優しさを覚えました。そして、おでん おばこを出た私には、この街が少し温かく感じられ……とはいえ、さすがに0℃を下回るこの寒さはやばいw
郡山に住んでいても知らない方がいると思います。また、郡山に出張で来る方も多いことでしょう。
「郡山駅前になんかいい店ないかな」
そんな方にぜひお勧めします。郡山では一軒しか行きませんでした。どんな飲食店が他にあるのかわかりません。ですが、確実にこう言えます。おでん おばこは郡山で寄るべき一軒です、と。
SHOP DATA
- おでん おばこ
- 福島県郡山市大町1-2-8
- 024-933-5657
- 公式
- (旧)福島県郡山市駅前2-5-6