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セルサルサーレ/sel sal sale(恵比寿)は塩の魔術師による絶妙な塩梅のイタリア料理店。けど、単に塩使いがすごいだけじゃない。ここには料理の本質があります。そして料理とは何なのかを教えてくれます。

料理とは――

いろいろと説明のしようはあると思います。けど、セルサルサーレ(sel sal sale)へ行けば簡単にその答えが見つかります。ただ、これを言語化するのが難しい。だからキーボードを叩く指がとても重い……。

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恵比寿駅、代官山駅から徒歩5分。ミルク通りと言ってもわかる人はもう少ないか。かといってウエスト五番街と正確な通り名を言ったところでわかる人はやはり少ないでしょう。ケンタッキー 恵比寿駅前店の筋を真っ直ぐ行った先にイタリア料理店・セルサルサーレ(sel sal sale)はあります。イタリアンという言い方が適切かどうかはさて置き。

2014年4月、三宿通り沿いにオープンして、2017年5月、この地に移転してきました。selはフランス語、salはスペイン語、saleはイタリア語で、意味はすべて塩。つまり、塩塩塩。"塩の魔術師"とも称されるオーナーシェフ・濱口昌大(はまぐちまさひろ)氏が塩にこだわった料理を出すお店です。同氏の略歴は公式サイトでどうぞ。

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メニューはシェフのおまかせフルコース1種(5500円)のみ。おおよそ1ヶ月ごとに変わるらしいのですが、数品は定番料理として共通しています。料理は約10種。ひとつひとつの量は少なめで、数多くの料理を食べてもらうというのがセルサルサーレ(sel sal sale)のスタイルです。

大人気店なので要予約。飛び込みで入ろうとしてもおそらく無理でしょう。予約は基本的に18時、19時、20時で受け付けています。

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カウンター6席、テーブル約20席。活気があって賑やかな店内です。オープンキッチンなのでカウンターに座れれば面白いだろうなぁ。

余談ですが、今回は私の誕生日祝いとして連れがごちそうしてくれました。

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一杯目はハートランドの生にしました。が! これはあとで感じたことなのですが、一杯目は日本酒・MASUIZUMI 満寿泉 純米原酒 2015 PRIVATE RESERVEをお勧めします。というか、なんならずっと満寿泉でいいとすら思います。

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一品目はセルサルサーレ(sel sal sale)の定番、真鯛の冷製カッペリーニ。真鯛に塩を振ると水分が出ます。これをダシとしてかけているそうです。フォークにはカッペリーニが巻かれていて、ひと口で頂きます。

一品目からなんてものを食べさせるんだ。おいしいという感動を通りこして、驚愕にうち震えます。わずかな塩味(えんみ)と真鯛のうまみのみ。シンプルと奥深さは同居し得るのですね。

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二品目はポルチーニと日本産生ハムのフラン。茶碗蒸しのような感じです。フタを開けると香りがフワリ。濃密な生ハムとポルチーニのうまみ、まろやかな卵。我を忘れスプーンを口に運ぶのみ。

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「季節のフルーツのビシソワーズです。ジャガイモとあともうひとつ、何のフルーツか当ててみて下さい」

フロア担当のスタッフはそれぞれの料理を丁寧に説明してくれます。そして、時折、このようなエンターテイメントも織り交ぜます。

はて。なんだろう。リンゴだともっと酸味があるだろうな。甘みがあって、コクもあって、けど大きくは主張しない味わい……梨か? 飲み終えたグラスを片付けにやってきたスタッフに告げます。

「リンゴか梨か……ですか?」

「梨は梨なんですが……」

「洋梨?」

「正解です」

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二杯目は上述の満寿泉。オーク樽で6ヶ月熟成させているのだそう。確かに樽の感じが強く出ています。とても力強い純米です。

いかがでしょう。ここまでの、そしてこれからの料理を見れば、一杯目は日本酒にすべしという意味がおわかり頂けるかと。

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アユを4時間じっくりと油で煮たコンフィと野菜。アユを崩してサラダに混ぜ合わせます。ハーブのソース、アユの身と卵、パリッとした野菜、そしてわずかな塩味。素材が調味料にもなるというわけか。絶妙なバランス。すごい。

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五品目はセイコ蟹のリゾット。大きく口を開ければひと口で終わりそうな量。少ないのですが、でも、強烈に記憶に刷り込まれるおいしさです。日本酒でカニのうまみがさらに広がります。

「食べ終わったこの器に日本酒を入れて、キレイにすべて飲み干したいよ(笑)」

こう言いつつ、連れに手で器をササッと拭き取るような仕草をして見せました。これがよくなかった。その仕草をたまたまスタッフさんが見てたのです。そして、おそらくは「食べ終えたからサッサと片付けてほしい」といったニュアンスで受け取ったのでしょう、スタッフさんが飛んできました。

「おさげしますね」

「あ……すみません。ありがとうございます」

しまったな。誤解を招くようなことをして、すみませんでした。けど、それだけ目が行き届いてるってことなんだよなぁ。すごい。

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六品目。菊芋のポタージュ。コース中、もっとも塩味が控えめです。けど、だからといって食べごたえがないわけではありません。すり下ろされた、とろみのある菊芋と揚げた菊芋の食感バリアント、トリュフの芳醇な香り、ベーコンの塩味と香ばしさ。極限まで研ぎ澄まされているはずなのに、味わいはとてつもない広がりを持っています。

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添えられた自家製フォカッチャで皿には一滴たりとも残しません。

ここでふと気付きました。行儀の悪い話ではあるのですが、どの料理も、そしてこのポタージュも、私は器を持って食べていたのです。気づいて即座に器をテーブルに置きました。

なぜそうしていたのか、自分ではよくわかります。確かに店主はイタリアで修業をしていました。イタリア料理店と自認もしているようです。でも、和なんです。料理に和を感じるのです。味わいもさることながら、料理に込められた思想に。だから、思わず器を持ち上げ食べてしまっていました。

それにしても、どの料理も器がまた素晴らしい。寄りの写真が撮りづらい。

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七品目。甘鯛のうろこ焼き。緑の葉はナスタチュームという辛みのある植物。右手の黒い粒はオリーブです。泡状のものはオリーブオイルで作っているのだとか。これもまたパリッとしたウロコとしっとりとした甘鯛の身の食感の差が料理の味にも作用し、わずかな塩味のみなのですが、うまみを引き出しています。

そう。そうなんだよな。

塩で味を加えるんじゃない。塩で味を引き出している。これがすごい。うん、やっぱ和っぽいやw

と、ここで小休止。

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「海岸などに生えている植物なんですが、カキの味がするので、オイスターリーフとも呼ばれています。ぜひ、召し上がってみて下さい」

本当だ。本当にカキの味だ。

「これは仕入れてきたものなんですが、いま、店でも栽培しようとしてるんです」

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なんとも珍妙な植物ですが、これが「セルサルサーレ(sel sal sale)」の料理に使われることがあれば、それはそれは面白いひと皿になるんでしょうね。

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八品目はセルサルサーレ(sel sal sale)の定番料理にして、もしかしたらもっとも評価の高いフォアグラのブリュレ。

「自家製のエスプレッソの食パンを焼いて、上に冷たいブリュレを乗せてます。手にとってお召し上がり下さい」

ここで不意を突かれます。香ばしいカリッとしたパン、濃厚で甘いブリュレ。これまでの料理とは打って変わって、強烈にパンチがあります。私の中の私はよろめき、白いマットに倒れ込みました。けど……。

いいのか? これをここに持って来て、このあとにまだ続けることはできるのか? この強烈なパンチは最後に取っておくべきじゃないのか?

そんな心配が頭をよぎったのですが、素人の杞憂に過ぎませんでした。

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九品目。白貝とカラスミのパスタ。あの強烈なパンチのあとでも十分に存在感を発揮するパスタでした。ただ、パンチを重ねてインフレーションさせるわけではありません。繊細であるがゆえに、前品とのコントラストが際立ち、結果的にその存在感が強まる。巧妙です。

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「お口直しの梨のピクルスです。上にかかっているのはチベットの山椒です」

梨に山椒という発想……。

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十一品目はレアなイノシシのグリル。野趣あふれる赤身と濃厚な脂身。黄色い芋は甘いインカのめざめ。奥の白い粉はチーズのブラータ。

このワンプレートに限らず、すべてそうなのですが、それぞれの料理には要素がとてつもなく多く詰まっています。素材が多く、食感が複数あり、味わいは多重的。

サラダを簡単においしくする方法があります。野菜の種類を増やせばいい。それだけでおいしくなります。

学芸大学のイタリア料理店・STELLA(ステラ)のサラダ(正確には前菜の盛り合わせ)を"学大で食べるべき10の料理"の内のひとつに選びました。STELLA(ステラ)のおいしさの秘密はまさにこれ。要素が多いと味、食感に多様性が出ておいしくなる。そしてセルサルサーレの料理もそうでした。もちろん、バランス感覚、センスも加わっているのですが。

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十二品目はデザート。ご飯をミルクとレモンで煮たもの。

「そのままお召し上がり下さい」

スタッフさんはそう言い添え去りました。

「そのままって(笑) そりゃそうだ。逆に、そのままじゃなきゃどうするってんだろね」

「確かに(笑)」

連れとそう笑い合ったのですが、食べ進める内に血の気が引きます。あああ。わかった。「そのまま」の意味が。

何の気なしに食べていました。そして、半分ほど食べ終えた時、これまた何の気なしに上にかかっているシナモンを全体に混ぜ合わせ食べました。ここで気づいたのです。確かにこれは「そのまま」じゃなきゃいけなかったんだ。混ぜちゃいけなかったんだと。

混ぜると全体がシナモンに覆われます。味わいが均一になる。これではいけない。混ぜずに食べれば、部分によってバラつきが生じる。ひと口目はシナモンが多め。ふた口目はシナモンは少なくレモンとミルクが際立つ。三口目は……こうして味に変化が生まれ、これこそがおいしさにつながるのです。

イタリア人がピザを作っている光景をテレビで見たことありませんか? ぞんざいにトマトソースを伸ばし、雑にモッツァレラを散りばめ、無造作にバジルをちぎっていますよね。この適当さが肝要なんです。均一にトマトソースが塗られ、チーズ、バジルが配されたピザなんておいしくない。生地の厚みにも、焦げ具合にも、具の加減にもばらつきがあるからこそおいしい。言い方が逆か。おいしいピザはそうなっているはずです。

「まあ、そのままの意味はわかるけど、だとしたら、『混ぜずにそのまま』って言うべきだよな。言葉足らずだよ、もしそういう意図ならね」

考えが至らず、最初に笑ってしまったことを必死にかき消すべく、そう強がるしかありませんでした。

いえ、店側がどういう意図で「そのまま」と言ったのかはわかりません。わかりませんが、私はそう解釈しました。そして、この店ならそこまで考えていてもおかしくない。恐ろしい……。

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各料理にはそれぞれ違う塩が使われているのだとか。そして、本当は17品くらい出したいのだけど、それでは食べきれないから、だいたい10品程度にしているとのこと。

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もちろん、誰が行ってもおいしいと感じるはずですし、どなたにもお勧めしたいお店です。でも、特に料理をする方、料理が好きな方、ぜひ行ってみて下さい。

確かに塩の使い方はすごい。店名の通り、塩にこだわっているのもわかる。けど、塩云々という話でこの店を矮小化させてはいけない。セルサルサーレ(sel sal sale)にあるもの、それは料理の本質です。

料理とは――

その答えをセルサルサーレ(sel sal sale)で見つけました。

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