学芸大学駅から徒歩1分。東口の恭文堂書店を右折した先、飲食店が建ち並ぶ筋の突き当りに「ばりき屋」というお店があります。2017年8月3日にオープンしました。
オープンする数週間前、内装工事中の店頭で、たまたま店主と鉢合わせました。
「何屋さんですか?」
「8月3日にオープンします。刺身とおでんの和食屋です。よろしくお願いします!」
威勢のいい、精かんな店主はそう言って、頭を下げられました。
そんなことがあった翌日、某所でこの店、この店主のバックボーンをほんの少し知ることになるのですが、そのことに関してはまた後ほど。オープン日の翌日、「ばりき屋」に行った話へと進みましょう。
「ばりき屋」は気がきいていて、ダシがきいている
本当は一人で行こうかと思っていたのですが、連れと一緒に行くことになり、さらに当日、急きょ、イタリア人が一人加わり、三人で「ばりき屋」へ。
店内には大きなカウンターとテーブル席、掘りごたつ式の小上がりがあります。とても賑やかです。店主をはじめとするスタッフが客を盛り上げ、あるいはスタッフ同士が冗談を言い合い客を楽しませ、この雰囲気を作り出していました。すごいなぁ。
連れとイタリア人が少し遅れていたので、先に一人でビールを飲んでいました。そうすると。
「こちら、お待ちになっている間、サービスでどうぞ」
女の子(確か彩ちゃんだったかな?)が切り干し大根を持って来てくれました。
「えー、ほんと? ありがとう」
いやぁ、嬉しいな。そうしたら、板場から店主の大きな声が飛んできました。
「(女の子に向かって)それ、サービスでって言うんだぞ」
ぷっw 私が答えます。
「サービスってちゃんと言ってましたよ(笑)」
「あ、聞こえちゃいました?(笑)」
ははは。終始、こんな調子w
そうこうしている内に、二人がやって来ました。
お通し(400円/一人)のポテトサラダ(三人分)。かかってるのはフライドオニオンかな? ポリっとしてて、ホクホクしてて、ほんのりとした酸味があって、とてもおいしいです。
メニューは定番ものがありつつも、日によって変わるものもあるような感じ。シンプルな構成です。
「今夜のおかず」はおばんざい。カウンター前に並んでいます。一品400円なんですが、3つ選ぶと980円、4つ選ぶと1200円。あらかじめ仕込んでおき、営業中のオペレーションを楽にするというのもうまいし、3つ4つと選んでもらいやすくするというのもうまい。
選んだのはひじき煮、せせりの筑前煮、ナスとピーマンの揚げ浸し。どれもこれもうまい。ダシがしっかりきいていて、酒が進む味付け。ナスもピーマンもヘタごと煮ていて、ピーマンには種もついています。すべて柔らかくなっているので丸ごと食べられました。なるほど、こういうやり方もあるのか。勉強になるな。
二杯目はどうしようか、と悩むことはありません。
究極のレモンサワー、至高のレモンサワー。まったく。こんなの両方頼むしかないじゃん。うまいなぁ。やり口が。
両方飲みました。なぜ究極・至高なのか、どう違うのかをここで説明するのは控えておきましょう。とにかくまあうまいとだけ。いや、ほんとうまいなこりゃ。グイグイいけちゃう。1.5リットルのペットボトルで持って来い!w
ダシが浸みたおでんは酒飲みに適した塩梅
刺身もその日の仕入れによって異なります。経堂の魚真という有名な鮮魚店から仕入れているのだそう。経堂というところがポイントだったりもするのですが、この話も後ほど。
たい、あずきハタ、カツオ、アジ、かんぱちの5点盛り(三人前)。あずきハタは初めて食べたかも。もちろん、どれもおいしい。つま用のドレッシングをくれるのも嬉しいサービスです。
合わせるのは日本酒。まだあまり揃ってなくて、その日は二種。伯楽星と智則。イタリア人は伯楽星を、私は智則を飲みました。智則は甘めでフルーティーでどっしりフルボディ。うまいなぁ。
日本酒を頼むと、チェイサーとしてお水が供されました。コップにやかんで水を注ぐわけですが、そのやかんが超巨大!
あるスタッフはベネンシアドールのごとく巨大やかんを高く持ち上げ注ぎ、おどけてみせます。あるスタッフは「何か特別なお水なんですか?」との問いに「はい、目黒のおいしいお水です」と答えます。やかんの大きさに驚いていると、あるスタッフは「本当は10リットル入るんですけど、そんなに入れちゃったら持てないので、中はこれくらいしか入ってません(笑)」と言い、親指と人差し指を少し広げて見せて笑います。
水を出すだけで、これだけのやり取りが生まれました。もちろん店側はそうなるよう意図的に仕向けているわけですが、いかに客のことを考えているかということです。客とのコミュニケーションのために、水すらも活用する。よく考えてるや。すごい。
お店のオススメというからし焼き(温玉のせ)。十条の居酒屋でよく食べられているローカルフードです。濃厚な肉豆腐でピリ辛。いやはやうまい。そして酒が進む。
最後におでん。「Hanpen is fish...」とかなんとか言いながら、二人はおでん鍋をのぞき込みながら選んでいました。
連れは「もう少し塩味(えんみ)が控えめでもいいかな」と言います。そうかぁ? 連れは一滴も酒が飲めません。その違いもあるのかな。飲んだくれの私はこの強さがちょうどいいと感じました。もしかしたら、酒飲みにいい塩梅なのかもしれません。
いずれにせよ、色は薄いですが、ダシは強い。この店はダシを大事に考えてるんでしょうね。とてもおいしいです。
「ばりき屋」の針は客を、街を釣りあげる
冒頭の話に戻ります。「ばりき屋」オープン前、店主と鉢合わせした翌日、「チャラン-ポラン(CHA爛-PO走)」へ行きました。そうしたら、カウンターに「ばりき屋」の名刺が置かれていました。店主・やっさんに聞いてみます。
「これ、どうしたんですか? 今度、あっちにオープンする店ですよね。ここにまで挨拶に来たとか?」
「店主が僕の後輩なんですよ。もともと同じ会社にいたんです。渋谷の『汁べゑ』って知ってます?」
「ええ」
「そこのグループというか。で、今回、後輩が独立して学芸大学に店を出すことになって」
「そうなんですか」
この会社というのは楽コーポレーションです。
1978年創業の楽コーポレーションはヘンテコリンな場所にあることでも有名な「汁べゑ 渋谷店」の他に、「ゑびす堂」(恵比寿)、「べゑ's BAR 虎龍(とらたつ)」(三軒茶屋)など約20店舗を運営しています。もしかしたら店名くらいは目耳にしたことがあるという方も多いかもしれません。
そんな楽コーポレーションの総本山とも言うべき店舗が経堂の「くいものや楽 経堂本店」。「ばりき屋」が経堂の鮮魚店「魚真」から魚を仕入れているというのも、店主が「楽」出身というのと無関係ではないでしょう。余談ですが、この「魚真」は恵比寿、渋谷、乃木坂等に店舗を構える居酒屋「魚真」の母体です。
さて、楽コーポレーションの代表は居酒屋業界の"カリスマ"・宇野隆史氏です。学芸大学の魚系居酒屋「ひとひら」が入っているビルを取り仕切ってる(株)上昇気流の取締役会長でもあります(「ばりき屋」の物件も上昇気流絡みだそう)。
金沢の居酒屋でさ、店の人と懇意にしている東京から来たお客さんが「今、どのお店が一番面白い?」って聞いていてさ。料亭ならいざ知らず、やっぱりオレたち居酒屋には、「一番おいしい」よりも「一番面白い」「楽しい」ことをお客さんは求めているんだよね。
メニューだって接客だって、一つひとつは、「すごい」っていうような内容じゃなくていい。でも、ちょっとした楽しさが積み重なるとお客さんにじんわり効いて、「なんかこの店違うよね」とリピートにつながる。オレはそう思うんだ。
私たちがなぜ、この店ではなく、あの店に足繁く通うかというと、こっちよりあっちの方がおいしいから、というだけではありません。あっちのスタッフたちが楽しいから。あっちの雰囲気が好きだから。あっちでよく顔を合わせる常連さんたちと気が合うから。あっちへ行けば、「おいしい」以上の何かが感じられるから。じゃないですか?
オープン前の丁寧な挨拶。サービスで出してくれた切り干し大根。単に注文を受け、料理を運ぶだけじゃなく、何かひと言を添えつつ笑顔を見せるスタッフたち。みずから店内を回り、客と触れ合おうとする店主……。
「ばりき屋」は客をしっかり見てる。客を楽しませようとしてる。懐にグイッと踏み込んでくるインファイトな接客でこちらの心を掴み、「なんかこの店違うよね」と感じさせてくれました。この感触は「おいしい」ということ以上に私をリピートさせる根拠となるでしょう。
確かに店名の通り。ここには馬力があります。力強く、楽しく、客を惹きつけ、あたかも釣り針で魚を釣るがごとく、客の心を釣りあげる。そして、釣られた客は元気をもらい馬力が出る。
この針は小さいかもしれないけど、馬力は十分。もしかしたら、学芸大学という街をも釣りあげる針になるかもしれませんよ。それくらいになることを期待してます。
今度はアジフライを食べに行かなきゃな。
SHOP DATA
- ばりき屋
- 東京都目黒区鷹番3-3-9
- 03-6452-3284
- 公式
余談。
学芸大学という街の魅力に釣られて、飲食店を中心に学芸大学のあれやこれやを書き連ね、何の因果かこの記事が学芸大学/学大タグの350件目、節目の記事と相なりました。