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手打ちそば やっこ/やっ古(学芸大学)の極細十割そばは瑞々しくて繊細。屋号に職人としての覚悟を見た気がします~朴念仁、古拙、仁行。そば職人・石井仁氏の遺伝子を受け継ぐ水腰そばの店

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学芸大学駅から徒歩3分。東口を出て右手、線路沿いを真っ直ぐ行き、笹崎ボクシングビルの角を曲がったところに手打ちそば やっこというそば屋があります。2016年12月17日にオープンしました。直前は蕎滋庵というそば屋だった物件です。

本来的には「やっ古」ではなく「やっこ」です。というお話は後ほど。検索対応としてタイトルに「やっ古」と入れています。

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店の扉を開けた瞬間、「おっ」となりました。やってらっしゃるのは女性。そば屋の女主人はいなくはないのですが、珍しいといえば珍しい。さっぱりとしたキレイな方です。

細かいところは変わっているのかもしれませんが、内装は前店とほとんど変わりません。そば打ちスペースが囲われたくらい。ん? 入口近くに「朴念仁 石井仁」と書かれた祝い花。へぇ、こりゃまた大物w

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ランチメニューから、もり蕎麦セット(小鉢2種、桜えびのかき揚げ、もり蕎麦)をお願いしました。もちろん、もり単品を頼むこともできます。

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おひたし、玉子焼き、切干大根、魚の南蛮漬け。おひたしはダシのうまみで食べさせます。玉子焼きは甘め。お酒でもいきたくなりそう。

仕事のお邪魔にならないよう、タイミングを見計らって聞いてみました。

「ここの前はどこかでやってらっしゃったんですか?」

「古拙(こせつ)、仁行(にぎょう)。銀座と日本橋でやっていました」

へー。いやはや。だから石井仁氏から花が来てるのか。表には流石(さすが)の花もあったしな。このあたりのことについては、また後ほど。

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二等分されたかき揚げは、桜えびの香ばしさと玉ねぎの甘みがしっかり出ています。粗い塩につけ、半分だけ食べました。残りの半分はそばと一緒に頂いてみよう。

ケースからそばを取り出し、量りに乗せます。遠目でも細いことがはっきりとわかります。こりゃきっと早いな。そこまでするのもどうかと思うのですが、スマホのストップウオッチをセット。そばを釜に投げ入れた瞬間から時間を測ります。茹で時間は10秒強。氷水で締め、ギュッと絞るようにして皿に盛りました。

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小高く盛られた緑のそばは予想通りとても細い。乏しい私のそば経験の中では、もっとも細いそば。太さが不揃いなのですが、一番細いものだと素麺ほどです。

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そばを箸で取ると、少し短めでした。そのままひとすすり。まず感じるのは瑞々しさです。それは水切りの具合に由来するものではなく、そば自体の清涼感。そして、ほどほどのコシと滑らかなのど越し、鼻に抜けるほのかなそばの香りを順次に感じさせます。

1/3ほどをそのまま食べたのち、ツユにつけてみます。しっかりとしたツユ。ダシがよく出ていて、尖ってはいませんが、大いに醤油が主張します。甘みもほんのり。

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当店の蕎麦は、店内で石臼挽きし、蕎麦粉十割で打ちましたものです。香りと喉越しを楽しんで頂くため、麺は細打ちにしております。

そば粉にはグルテンがほとんど含まれていません。ですから、つなぎ(小麦粉など)を使わない十割そばは打つのがとても難しいと言われています。また、グルテンがない=コシが出ない、そしてぼそぼそになりがちというのもよく言われるところ。

ですが、やっこの十割そばはとても細く、しなやかで瑞々しい。こうして打てるというのは、鍛錬、経験、そしておそらくは独自の技法があってのことでしょう。

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濃厚な白濁したそば湯を飲みながら、聞いてみました。

「この屋号の由来はなんですか?」

「本名が○○(※伏せておきます)なんですが、幼い頃から母に『やっこ』と呼ばれていて。(自身の名前が屋号として呼ばれることに)まだ慣れないんですけどね(笑)」

屋号が自身の名前。考えてみれば、師匠の石井仁氏もそうか。

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会計時に頂いたオープン記念品の小さな手ぬぐい

馬喰町にあった納札亭六輔というそば屋のそばに感銘を受け、独学でそばを学んだ石井仁氏。1992年、神田に自身の名を冠した「いし井」というそば屋を開店させました。いし井の評判はあっという間に広がり大人気店になるも、1998年に閉店。そしてすぐさま修善寺に朴念仁(ぼくねんじん)を開業します。現在でも、日本全国から朴念仁のそばを目指してやって来る人が絶えません。

2005年、石井仁氏は銀座に古拙をオープン。ミシュランで星を獲得するほどのお店となります。しかし、古拙を閉め、2010年に仁行を日本橋に開店。ここでもミシュランの星を取ります(2014年閉店)。

次から次へと新店をオープンさせていく石井仁氏のそばは「水こし蕎麦」と呼ばれています。一般的な手打ち蕎麦の加水は40~50%。一方、石井氏の打つそばは65~67%と高加水率。理想とする喉越しや食感を求めていたらこうなったのだとか。

「喉を通る時のしなやかさ、細かく砕いた松茸のような食感(柳腰)を理想としています」

と石井仁氏談。細くて瑞々しい水腰蕎麦は、同氏プロデュースの新しい古拙(湯島)、暖簾分けした古拙(仙台)、あるいは同氏が手掛けた知花(ちはな)(渋谷)から沖縄へと移転した庵土、朴念仁を含む流石グループ、そして現在、同氏が腕を振るっている蕎麦食堂 仁べえ(高岡市)などで口にすることができます。

※流石は石井仁の流れを汲むという意味で流石。

石井仁氏の流れを汲む店にはひとつの特徴があります。女性の存在が際立っているという点です。古拙(仙台)、庵土は女性店主。流石で店主を務め、その後、朴念仁を含む流石グループの運営を任されているのも女性。そして古拙、仁行で石井仁氏に師事したと思われる、この度、学芸大学にやっこを開いたのも女性。

これは偶然なのか、あるいは何か真意があるのか、そこは定かではありません。ただ、真意がどこにあるとか、そばを打っている人間の性別がどうであるとかは、目の前のそばがうまいかどうかということとは関係ありません。

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「やっこ」の「こ」は漢字の「古」を崩した変体仮名。詳細は後述

暖簾に掲げたのは自身の名前。そこには男も女もない、一人の職人としての覚悟が表れています。その気持ちはとても清々しい。このそばがどれほどの力を持っているのか、あるいは今後、このそばがどこまで進化するのか。期待を持って見守っていきたいと思います。

参考:ダイヤモンド・オンライン/日本橋「仁行」――極細なのに腰が強い「水こし蕎麦」が伝説を生んだ

それにしても、前店は一茶庵、今度は朴念仁ですか。血統はすごいですな。機会があれば夜も行ってみよ。

SHOP DATA

変体仮名は仮名です。「やっ古」ではなく「やっこ」です

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こちらは学芸大学のそば屋・やぶ重の箸紙です。真ん中の文字は漢字の「婦」を崩して作られた変体仮名。濁点がついていますから「ぶ」です。

確かに漢字が基にはなっていますが、変体仮名はザックリ言えば平仮名の一種。ですから、「や婦゛重」とは書きません。「やぶ重」です。

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三軒茶屋・上馬の藪そばの暖簾です。「きそば」と書かれています。それぞれは変体仮名で、幾・楚・者(+濁点)を崩したもの。さて、この暖簾の文字を現在の文字に置き換えて書こうとする際、あなたは「幾楚者゛」と書きますか?とw 「きそば」ですよね。

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「やっこ」も同じです。漢字の「古」を崩した変体仮名が使われていますが、これはあくまでも「こ」。「や婦゛重」「幾楚者゛」と書かないように、「やっ古」とも書きません。「やっこ」です。

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店自体は「やっこ」と表記したり、「やっ古」と表記したりしているので、店がどう考えているかはわかりません。あくまでも本来はこう、というお話でした。

変体仮名(へんたいがな)は、平仮名の字体のうち、1900年(明治33年)の小学校令施行規則改正以降の学校教育で用いられていないものの総称である。平仮名の字体の統一が進んだ結果、現在の日本では変体仮名はあまり使用されなくなったが、看板や書道、地名、人名など限定的な場面では使われている。

wikipedia:変体仮名

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