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学芸大学(武蔵小山、西小山、祐天寺)周辺の道路の通称&商店街マップ~通りの名前、商店街名を知ると街が楽しくなる!

道路名(通称)

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以下は学芸大学駅周辺で道路名がついている通りです。

  • 鷹番通り
  • 唐ヶ崎通り
  • 碑文谷公園通り

以下は学大住人同士の会話でよく出てくる通りです。

  • 世田谷観音通り
  • 下馬通り
  • 龍雲寺通り
  • 田向通り
  • 碑さくら通り
  • サレジオ通り
  • 中央中通り
  • 油面通り
  • 中町通り
  • 五本木通り
  • 三宿通り
  • 円融寺通り
  • 平和通り

道路の通称

道路には国道、都道、区道などがあります。その正式名称は基本的に番号や路線名で構成されます。たとえば、国道246号、東京都道416号古川橋二子玉川線といった感じです。

246は覚えやすいですし、広く認知されていますが、416ではわかりません。そこで通称が与えられることがしばしばです。国道246号は青山通り・玉川通り、都道416号は明治通り・駒沢通りなどなど(区間によって通称が異なることも)。

通称は国、都道府県、区が付与することもありますし、地域の住人や商店会などがつけることもあります。唐ヶ崎通り、鷹番通り、碑文谷公園通りなどは目黒区がつけています。世田谷観音通り、龍雲寺通り、下馬通りは世田谷区。逆にニコニコ通り、にこま通りなど西小山周辺に見受けられる通りの名前は、ほとんどが商店会や地元住人がつけたものでしょう。

道路標識でわかる道路の通称

国(国土交通省)、都道府県、市区町村が道路の通称を決めていれば、道沿いに通り名の標識が立っていたり、電柱に通り名が記載されていたりします。

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上の写真はそれぞれ、下馬通り、碑さくら通りの始点(終点?)。始点と終点にはほぼ必ずあって、途中にもちょいちょいあります。

こうした表示はずっと昔からあるのですが、本格的に、積極的にこれを活用していこうとしだしたのは10年ほど前からです。地域住人以外の人に道を案内する際、住所を示してもわかりづらい。通りに名前をつければ説明しやすいしわかりやすいだろうと、国交省が号令をかけ、通り名の標識化を推進しだします。

国土交通省道路局:通り名で道案内

なお、みなさんに馴染みがあるであろう三宿通りは世田谷区が通称として定めているわけではありません。あくまでも一般市民の間で用いられる通称です。

道路の通称の区切り

国、都道府県、区に管理される道路は、道路名も国、都道府県、区が決めることがほとんどです。

たとえば、唐ヶ崎通りの北端をご覧下さい。中途半端なところで途切れていますね。ここが世田谷区と目黒区の区界だからです。目黒区は唐ヶ崎通りと名付けましたが、世田谷区は特に名前をつけていません。あるいは龍雲寺通り(世田谷区内)/野沢通り(目黒区内)。一本で続く同じ道なのに、区によって通称が異なります。

ちなみに、この龍雲寺通り・野沢通りは渋谷~駒沢公園をつなぐはずだった補助線街路第50号線(東京都管轄/計画決定日:昭和21年4月25日)の一部でもあります。計画はとん挫していますw

かぶる道路名

同じ道路に複数の道路名(通称)がつくこともしばしばです。

たとえば、五本木交差点から三宿へ向かう都道420号。ひとつ目の信号(セブンイレブンのある交差点)で二股に分かれるのですが、右へ向かう通りは五本木通り、左へ向かう通りは三宿通りと呼ばれます。逆に、五本木交差点からこの信号までは五本木通りでもあり三宿通りでもあるというわけです。前者は区公認、後者は単なる愛称という差はありますが。

祐天寺駅を東西に横断する通りもそうです。駅より西側は祐天寺商店街 西口通り、東側は祐天寺商店街 本通りと呼ばれていますが、両者を併せた区間は祐天寺駅通りとも呼ばれます。これは商店会がつけた通称と目黒区がつけた通称の両方が存在しているということでしょう。

商店街

商店街の範囲はざっくりです。実態が掴みきれません。また、現在は活動をしていない商店会も含まれているかもしれません。

学芸大学駅周辺の商店街マップ(ざっくり拡大版)

学芸大学駅周辺には以下の商店街/商店会があります。

  • 学芸大学西口商店街
  • 学芸大学東口商店街
  • 学大十字街商店街
  • 学芸大学公園通り商栄会
  • 鷹番三丁目本通り商店街
  • 東急ショッピングコリドール会

学芸大学駅近隣には以下の商店街/商店会があります。

  • 五本木商店会
  • 五本木一丁目商店会
  • 昭和通り商交会
  • 中央中通り商店会
  • 清水商店会
  • 清水稲荷通り共栄会

商店街と商店会

言葉だけで考えれば、本来的には商店街と商店会には視点の違いがあります。商店会は商店側の視点で作られた言葉。商店街は消費者視点からの言葉です。ただ、現状においては曖昧で、商店会と商店街が同義に使われることもしばしば。両者にはっきりとした違いが見受けられないこともよくあります。

商店の相互扶助などを目的に商店会、商店街振興組合などが組織されます。これらが商店街として特に駅前の街を形成し、"まちづくり"を推し進めます。

このように、商店街振興組合法など法律をもとに組織された団体が積極的に「商店街」を謳っているケース(狭義の商店街)もありますが、一般論としては「商店街」に明確な定義はありません。店が密集している地帯、通りがあり、地域住人が商店街だと認識すれば商店街です(広義の商店街)。

通りと商店街の不一致

ひとつの通りがそのままひとつの商店街(商店会)になっているというわけではありません。ひとつの通りの中に複数の商店街(商店会)が含まれていることもありますし、商店街(商店会)が複数の通りにまたがっていることもありますし、その両方であることもあります。

都立大学が一番わかりやすいかもしれません。富志美会は都立大学駅から中根小通りを北へ向かい、目黒通りを越え、柿の木坂通りに入り、一個目の十字路まで(通りまたぎの商店街)。柿の木坂通りのその先は都立大学本通り親和会で、坂が急になってきたあたりから柿の木坂商和会(ひとつの通りの中に3つの商店会)。

商店街の連合

複数の商店街(商店会)が連合会を形成していることもよくあります。

親友会通り商店街・京栄会・富士見通り睦会に所属する11の商店は別途、後地商店連合会(三者が交わる後地(うしろじ)交差点に由来した名前)を組織しています。

学芸大学の複数の商店街が参加する学芸大学商店連合会は福引を開催したり、年2回の学大はしご酒祭りを支援したりしています。

商店街(商店会)の境目は街灯にあり

商店街は地域の活性化、防犯等のため、場合によっては"縄張り意識"により(?)w、該当地帯に街灯を立てることが多いです。また、商店街の始点・終点にゲートやポールを設けることもよくあります。逆に、街灯の形状や表記を見れば、その地がどの商店街かがわかります。

以下は具体例です。

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手前、白い街灯は洗足北共栄会です。奥のオレンジと緑の街灯は共栄会。

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手前は昭和通り(商交会)。奥の緑は祐天寺商店会(さらに奥のコインパーキング、青い「P」の上あたりには祐天寺商店街 南通りの白い街灯も)。

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道路右脇にご注目下さい。手前の茶色いポールには清水商店会と書かれています。奥にはオレンジ色の中央中通りという文字が見えます。あちらは中央中通り商店会。ここが両者の境目ということがよくわかります。

また、写真左手、店舗の軒先にかかっている旗も違います。手前(清水商店会)は商店会の赤い旗。奥(中央中通り商店会)は青赤のFC東京の旗です。

ちょっと面白い例がこちら。

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武蔵小山ですが、道路右手に一本だけ寿会の街灯・旗があります。左の緑の街灯は八光会で、右の奥も八光会。後述しますが、以前の区画の名残が見て取れる貴重な例です。ちなみにここが平和通りの最東端。平和通りは補助46号をまたいでいます。

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余談ですが、祐天寺商店会(商店街)は本通り、南通り、西口通りと3エリアにわけて標識を作っています。上の写真は商店会本体の街灯と西口通りの街灯(写真中央下)が同時に立っているという例。

分断された商店街

新たに拡張・敷設された幹線道路によって、商店街が分断されるというケースがよくあります。たとえば、駒沢通りをまたぐ昭和通り(昭和通り商交会)、補助46号をまたぐ平和通り(寿会)など。現在の道路状況から見ると、「なんでこっちとあっちにあるんだ?」と思うかもしれませんが、むしろ逆で、太い通りが後からできたからこうなった、というわけです。具体的に見てみましょう。

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東横線方面から南へ伸びる昭和通り(写真右手の街灯)。現在、昭和通り(商交会)の街灯はあるものの、駒沢通りより南に商店はほとんどありません。駒沢通りが整備され大きく分断された影響があるのかもしれません。

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一番手前右側に黄色い寿会の旗があります。見えづらいかもしれませんが、補助46号を挟んだ向う側、オレンジ色のタクシーの背後にも同じ旗が小さく見えます。平和通りと寿会が46号線をまたいでいるということがよくわかると思います。

既存の目抜き通りや商店街が、新たにできた幹線道路によって分断される。そして、取り残された地帯、あるいはその商店街全体が廃れていくという例もあります。随分と昔の話ではありますが、環七の開通により野沢銀座商店街が消滅したというのがその典型でしょう(野沢銀座旭会は存続。ただ、令和元年4月に野沢銀座旭会と龍雲寺商店会が合併)。

新たに生まれる商店街

令和元年4月、野沢銀座旭会と龍雲寺商店会が合併し、野沢龍雲寺商店会となりました。

また、稀ではありますが、「この地域を盛り上げよう」と比較的若い世代が新しく商店街を発足させる事例もあります。2009年に発足した三宿四二〇商店会がその一例です。

ドクター中松が示唆すること

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世田谷区下馬のドクター中松邸(事務所兼賃貸物件)には「ドクター中松通り」「ドクター中松街」という標識が立っています。もちろん本人が勝手に掲げているだけです。

ストリートとアベニューを呼び分けているという細かい芸はさて置き、これを風変わりな人の単なるジョーク、自己顕示欲と私は捉えない。

蟻が歩いていた。私たちは特別に何かを感じることはありません。いや、なんなら視界に入っているのに気づくことさえないかもしれない。けど、この蟻の正式な名前を知っている蟻マニアならどうでしょう。私たちが気づかないような蟻にも気づき、興味深く眺めるはずです。私たちも「この蟻は実は○○という蟻で……」そんな面白そうな話を聞いたら、ちょっと興味が湧いて、以後、もしかしたら蟻の存在に気づくことが増えるかもしれない。

物は名前を与えられることで認知され、その認知が広まりやすくなる。私たちは名前のあるものに興味や愛着を抱きやすくなるのです。

この何もない住宅街のど真ん中で、ドクター中松はドクター中松通り、ドクター中松街という通りの名をつけました。きっとドクター中松はこの地への愛着を表現し、そして他の住人たちにもこの地にもっと愛着を持ってもらいたい、そう願って、このような標識を立てたはず。結果、何かが変わったわけではないかもしれないけど、彼の意図をそう解釈すれば、とても示唆に富んでる標識だと私は思います。

さて、この記事で紹介した通りの名前や商店街の名前、いくつご存知でしたか? 知らなかった名前も多かったのではないでしょうか。それがダメだというわけではありません。

「ああ、あそこってそんな名前の通りだったんだ」

「ここってこういう商店街だったんだ」

名前を知ったことで、なんか関心が湧きませんか? 機会があれば、ちょっと見てみようと思いません? いや、そう思ってほしいから、こんなクソ手間のかかることをやってるんですがw

あなたの住むその街には、まだまだ知らない、楽しいことがいっぱいあります。今度の休日、このマップを参考に地元の商店街をのぞいてみて下さい。名前を意識しながら通りを歩いてみて下さい。蟻がいるとすら気づかなかったのに、蟻にもこんなに種類があって、蟻ってこんなに面白い生物なんだとわかったんですよ。これまでとは違った景色が見えるはずです。

ちょっとでもね、学芸大学界隈が楽しそうに見えてくれたら嬉しいです。

参考資料

学芸大学の全飲食店リストバナー