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ある晩に大衆酒場 伊勢元(三軒茶屋)で供された肴の話~コの字カウンターと一見の流儀

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大衆酒場の特徴に「コの字カウンター」というものがあります。居酒屋ではありませんが、吉野家や松屋を思い出して頂ければわかりやすいと思います。あれです。

なぜコの字カウンターにしているかと言うと、第一は店の都合です。店の形や広さ、店員の導線を考えると、そして一人、二人の客が多ければ、あの形がもっとも便利だからです。

コの字カウンターが面白いのは、これが客にも影響を与えるということ。座っている全員の顔を見渡せるので、大げさに言えば共同体意識みたいなものが生まれるのです。見てる・見られているという関係=日本的共同体。こういう店はおのずと常連が集まるようになり、常連同士が仲間になり、店と客が一体化します。

大衆居酒屋など常連が集うような店が苦手だという方は、この"内輪感"に馴染めないから嫌なのでしょう。仮に居心地が悪かったとしても、私はそれが逆に楽しかったりもするのですが。

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三軒茶屋駅から徒歩5分。栄通り商店街を南へ抜けた先、日大通り商店会にある大衆酒場 伊勢元。吉田類さんも「酒場放浪記」で訪れた居酒屋です(2018年7月2日放送)。ここもコの字カウンター。

お客さんは何十年と通っているようなご年配方ばかりでした。席に着くと、カウンター向こうのおばさまがチラっとこちらを見やります。他のおっちゃんたちも、自分たちの会話を続けながらも、突然の新参者に神経を尖らせているようです。

飲み物を注文するため「すみません」と発した瞬間。一瞬ですが、店内の会話が止まりました。この間、0コンマ何秒。

「いったい何を注文するんだ」

そんな常連さんたちの心の声が聞こえてきそうです。あまり期待されても「レモンサワー」と言うだけですから困るのですが。

店内にはメニュー短冊がたくさん貼られています。楽しげにそれらを見ていても、常連さんたちからの視線を感じます。この感覚、大好きです。ある種の勝負。ここで常連さんたちに「おっ、わかってるね」と思わせるチョイスをしなければいけません。

私は今回、大勝負に出ました。オーソドックスにカンパチの刺身を頼んだ後。

「手ごねハンバーグください」

お母さんは普通に「はーい」と返事。男性がたは変わらず会話を続けています。向こうカウンターのおばさまは、視線だけをメニュー短冊に向けました。そして、手元のお猪口に視線を戻しつつ、一瞬、私に目をやりました。私は横目の端でその様子をキャッチ。うん、勝ったかどうかはわからないけど、負けではなかったな。そう思ってニヤリ。

目の前では女将さんが丁寧にハンバーグを焼いています。

「はい、おまちどうさま」

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デカいなおいw なんて言えばいいのでしょうか。食べ慣れないタイプではありますが、なんだかほっこりさせてくれる味わい。柔らかくて甘いハンバーグを無心にむさぼり続けます。

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店内の雰囲気をじっくり観察しつつ、お女将さんと軽く言葉を交わします。50年以上の歴史があるお店だそう。確かに年季が入ってます。物も多いw

※のちにわかったのですが、昭和39年創業でした

そんなことをしていて、こちらもホロ酔いになってくると、カウンター向こうのおばさまたちと視線が合うようになってきます。こうなると、おばさまは一気呵成。

「おにいさん初めて?」「お若いわねぇ」「このへんに住んでるの?」

よし。私は心の中でガッツポーズをします。常連さんに気に入ってもらえる態度で、失敗なくここまで来れていたと確信できたからです。勝ちました。

「一杯飲む? ごちそうするわよ」

「いえいえ」「いいから」という応酬を一度だけ。あまりこれを長引かせるのはいけません。「じゃあ、お言葉に甘えて」と一杯ごちそうになります。それを飲み干したら、隣のおばさまがまた勧めてくるわけですが。

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この写真は2017年8月18日に追加。暖簾が変わっていたので撮影

長年の客に愛されているインディーズ居酒屋・伊勢元。とてもいいお店です。ただ、もう一度行くかどうかはわかりません。そんな私の役割は、そのひと晩、常連さんたちのちょっとした酒の"肴"になること。そして、それなりにいい肴になれていたと思うとホッとし、これが居酒屋巡りの楽しさ、醍醐味だと改めて思うのでした。

ずっと忙しそうにしてた女将さんとはあまり話せなかったしなぁ。肴になりに、また行ってみるかw

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追記:2018年8月10日、女将さんがお亡くなりました。ご冥福をお祈り致します。

なお、お店は息子さん夫婦(&お孫さんたち)がお継ぎになるようです。

SHOP DATA

伊勢元の歴史、伊勢元の意味

2018年7月2日に放送された「吉田類の酒場放浪記」によると、もともと伊勢元は酒販店で、200軒以上の暖簾分け店があったそう。現在でも伊勢元という居酒屋、酒屋がたくさんあります。酒屋から居酒屋へ業態を変更した伊勢元も多いんでしょうね。

ちなみに食べログで検索してみたところ、伊勢元という居酒屋(うなぎ屋含む)は14軒ヒットしました。三軒茶屋だけでも伊勢元という居酒屋は2軒あります。ここ日大通り商店会と三軒茶屋駅近く、すずらん通り沿いです。両者に何か直接的な関係性があるのかどうかはわかりません。

三軒茶屋、日大通り商店会の伊勢元は入谷にあった伊勢元 総本店の娘さんが開き、その息子さんが現店主なんだとか。

では、そもそもなぜ"伊勢"元なんだと。"元"はなんだと。正確なことはよくわかりませんw 以下は筆者の推察です。少々の根拠はありますが。

江戸時代ごろに伊勢出身の商人=伊勢商人が江戸で酒屋を始めた。元・伊勢の人間だから伊勢元。ということなんでしょうね。伊勢屋という和菓子屋が多いのも同様でしょう。菓子の場合は伊勢参り/お蔭参りも影響しているかもですが。

まったくもっての余談なんですが、私は素麺が好きでして、素麺もまたお伊勢参りが深く関わっています。素麺発祥の地は奈良県の三輪(大神神社)。伊勢と堺のちょうど中間地点です。西の国から伊勢へ向かう、あるいは伊勢から西へと戻る人たちが素麺の製法を三輪で学び、出身地に持ち帰ったことから、素麺作りが全国へと広がって行きました。余談も余談でしたw