※追記:2020年3月31日に閉店しました。追記以上
街をフラついていて、私の心がかきむしられるもの。ショートカットの子、商店街の軒並み、赤提灯、バーの看板、街場の中華屋さん。
龍宮城だw その先は楽園に決まってる。
三軒茶屋駅と駒沢大学駅のほぼ中間。246の一本裏手に伸びる中里通り商店街にある中華屋さん・龍華(りゅうか)。ウキウキしながら店の扉を開けます。
「いらっしゃいませ」
メガネのきれいなお姉さん。私はというと、いつものように0.5秒でベストな席を見極めます。いま空いている席でベスポジはここ。
3列にきれいに並んだテーブル。左右は4人掛け。真ん中は2人掛け。厨房方面へも左右へも視線をやれるここがベスポジ。
ちょうどお姉さんはできた料理をお客さんに運ぼうとしています。よし、いいタイミングだ。料理を出し、その後、私に水を持ってくるはず。ほどよい猶予。この間にメニューを決めます。
長年の経験で、一発目はラーメンを避けた方がいい。ラーメンを頼むなら2度目。だけど、ちょっと待て。広東めん? 片栗でとじてるのか? これはそそります。五目そばは初訪で頼みがちなメニュー。いってみたいけど、中華丼も気になる……。
「いらっしゃいませ」
お姉さんが水を持ってやって来ました。くっ、思ったより早いな。このタイミングで注文せねば。早く決めろ俺!
「えー……チャーハンと餃子お願いします」
負けました。
硬派な魅惑のメニューのオンパレードに、私の判断力は追いつきません。「店の実力が一番わかるのがチャーハン」という言い訳を自身に与えてやります。だけど実情は、決められなかったから無難にいっただけ。
敗北感を抱えながら、改めてメニューを見てみます。
カタ焼ソバではなくカタイ焼ソバ。天津メンはあるのに天津丼はないのか。いや、玉子丼が天津丼のこと? 味噌ラーメンではなくサッポロラーメンとしているあたりに引っかかりを感じます。地名でそろえたかったか? だったら天津メンは広東メンの隣に書くべきじゃなかったか? 妙なツッコミを入れたくなるのは、負けた腹いせ。
まずはチャーハン(スープ付)が運ばれてきました。
八角形の高台(こうだい)の皿です。これだけで私は萌え死ねる。オーセンティックにれんげを添えるのもいいのですが、食べやすさ重視のスプーンもまたよし。
ひと口で撃沈。これぞ中華屋のチャーハン。王道。味付け、具のチョイス、炒め具合、すべてが中華屋チャーハンの典型をなぞっています。完璧です。もちろん、うますぎます。
スープはダシが決め手? しゃらくせぇ。ダシなんてちょいちょいでいいんです。少々、醤油の立ったこの味こそが中華屋スープのど真ん中。最高。
わき目もふらず、チャーハンをかき込みます。集中し過ぎて、目の前までお姉さんが来ていることに気付きませんでした。
「ギョーザお待たせしました」
おおっとっと。
「ありがとうございます」
底の焦げ具合を見ると、油多めで焼いていそうな気がします。底だけが揚げ餃子のような食感。カリっとした底、モッチリした皮、しっかりと練られたひき肉多めのタネ。とてもおいしい。
ふむ。負けるが勝ち、か。注文時には負けたと思ったけど、こんなにレベルの高いチャーハンに出会えたのなら勝ちだ。
最後に帰って行った客の皿を片付け終わったのを見届け、私もお勘定をします。
「お勘定お願いします」
「はーい。1100円です」
財布を探っていると、お姉さんはレジから400円+500円玉を握ってこちらへやって来ました。お姉さん、大丈夫。細かいのあるぜ。
「じゃ、ちょうど1100円頂きます」
「いや、ほんとおいしかったです」
「ありがとうございます」
「こちらはどれくらいになるんですか?」
「戦前からですよ」
「ええええ!」
「姑の妹(確かそう言ったような)が67で、まだ現役よ。中に立ってます」
メガネのお姉さんは上品な面持ちですが、話し方はチャキチャキ。いい雰囲気のお姉さんだなぁ。
「また来ます」
「ありがとうございました」
「ごちそうさまでした」
店の壁にかけられた食品衛生責任者の札を私は見逃しませんでした。そこに書かれていたお名前は、おそらくは中国にルーツを持つであろうお名前でした。
今年で終戦から70年。70年以上前、中国からやって来た方がこの地に根を下ろし、中華屋を開業。ここは近隣の方たちの胃袋を満たす、地域の台所でした。
確か、その頃はすぐ目の前の246あたりには路面電車(玉川線?)が走っていたはず。どこかで見たモノクロームの景色がフワッと頭をよぎります。なんでだろう。まだ生まれていなかったのに、なぜか懐かしい。
店の扉を開けます。晴れ渡った秋空。振り返ると鮮やかな赤い門。私の意識が70年という歳月を飛び越え戻って来ました。
すぐ近くのモリヤ精肉店は今年、創業77年目で休業しました。それと同じくらいの歴史を持つ龍華は、いまだ健在。昼時になると、多くの人が足を運んでいます。依然としてここは地域の台所でした。
はぁ、ほんとにおいしかったな。ん? ガラス扉に映る不惑を越えた自分の顔には白いあご髭。ははは。こりゃ確かに龍宮城だ。
SHOP DATA
- 龍華(りゅうか)
- 東京都世田谷区上馬1-14-11
- 03-3421-1489
- 公式