戦後から続くおでん種専門店
武蔵小山駅から徒歩10分弱、西小山駅から10分強。学芸大学駅からだと20分ほど。平和通り商店街に柳屋蒲鉾店という練り物屋さんがあります。銭湯・月光泉のはす向かい。
もちろんずっと以前から存在は知っていましたし、いつか買って食べてみようと思っていました。けど、特に理由はないのですが、これまでなかなか……。いつも前を通っているというのに。
ところが。
2020年8月某日、平和通り商店街のスナック・MURAMATSU(ムラマツ)でこんなものが出てきました。なすにさつま揚げが挟まったもの。
「一番好きな野菜がナスなんですよ」
「あら、そう」
「これ、さすがに手作りってわけではないですよね」
「そこの練り物屋さんで買ったの」
「あ、そうなんですか」
チーっと醤油。しょうがを乗せてひと口。うわっ。
「これ、めっちゃうまいですね。あそこはおいしいってよく聞きますもん」
「そうなの。ほんとおいしいのよ」
ばりき屋が柳屋蒲鉾店でタネを仕入れているということも知ってます。知人のあっこちゃんが柳屋蒲鉾店の牛すじが大好きというのも知っています。
もう待ったなし。約1週間後、柳屋蒲鉾店へ。
「先日、そのなす揚を頂いたんですが、ほんとおいしかったです」
「ありがとうございます。なすを切って、その中にすり身を詰めてるだけなんですけどね」
ケースには約30種の練り物、おでん種が並んでいます。なす揚は夏季限定なのか。さんざん迷って、牛すじ、えび天、きのこ揚、チーズ巻をチョイスしました。
写真を見返して、すじ(魚)ときんちゃくを買えばよかったと後悔。そして、全国蒲鉾品評会で農水大臣賞、水産庁長官賞、栄誉大賞を受賞したはんぺんも。ま、また買いに行けばいいだけなんだけどね。
軽く話をうかがったところ、創業は昭和25年(1950年)ということでした。
小田原の蒲鉾店で働いていた祖父母が独立して、幡ヶ谷に蒲鉾店を開店。1950年頃、父・柳下勝美さんが現店を開きました。現在、同店を取り仕切っているのは三代目・柳下篤さん。
「昭和25年ということは戦後まもなくですね。その頃からこちらで?」
「はい」
「このあたりも当時とは随分変わったんじゃないですか?」
「それはそれはもう」
おっと。お客様だ。うかがいたいことがいっぱいあったのですが、引き上げましょう。
「ありがとうございました」
スーパーで練り物を追加購入して帰宅しました。
素材のうまみがつまった練り物
こちらが買ってきたおでん種。粉からしはサービスでついてきました。
下ゆでした大根、こんにゃく、ゆで玉子、練り物、牛すじを鍋にみっちり。汁はカツオだしベース。沸騰させないように、30分ほど煮たら一度冷まします。味を染み込ませるためです。
食べる直前に食べる分を再び温めたら完成。上の3つの練り物と牛すじが柳屋蒲鉾店のものです。
まずは牛すじ。下茹でされていますから、家では長く煮る必要はありません。30分煮ただけでも、コリコリ、トロトロ、ホロホロ。甘みがあってとてもおいしいです。どの部位だろう。
次にきのこ揚。本体はムッチムチ。密度がすごい。物理的に詰まってるという意味での密度と、うまみの密度。キクラゲのコリコリッとした食感がいいアクセント。
えび天もうまみが強く、大きなチーズ巻はトロッと溶けたチーズがたまりません。
続けてスーパーで購入した練り物(以下、量産品)を食べてみたのですが、その差は歴然。量産品だっておいしいですよ。けど、柳屋蒲鉾店の練り物を食べた後だと、とても軽く感じます。そして、それがためか、量産品のほうが汁を多く吸い込んでいるような。量産品にありがちな甘めの味付けも、食べ比べると気にならなくはなく。
柳屋蒲鉾店のお母さんは「お湯で溶いてください」とおっしゃっていたのですが、私は汁で溶きました。こうするおでん屋が多いので。
チューブのからしより、辛みが強い。激しくツンと来る感じがとてもいい。
さまざまなダシが相まった汁も、その汁が染み渡った大根も最高。最後はからしと玉子の黄身を汁に溶いて飲み干しました。おでんを作るのは久々だったのですが、おでんってこんなにおいしかったっけ?
口の中で溶けるはんぺん
気になっていたものを買いに再びやって来ました。
「その木札、立派ですねぇ」
「創業当時に河岸の方々から頂いたものだから、相当古いですけど」
常連客や取引先、親交のある同業者などの名前が掘られた木札(招木)が額にずらり。開店祝いとして贈られる縁起物です。この色合いが老舗名店であることの証。そもそも最近ではこんな招木が贈られること自体がほとんどありませんから、これがあるだけでもすごい。
「からしはいりますか?」
「お願いします。このからし、しっかり辛くておいしいですよねぇ」
「そうですね(笑)」
「ありがとうございます」
「またお待ちしてます」
今回、買ってきたのはこちら。手造りはんぺん、すじ、自家製つみれ。はんぺんは原料魚がサメのみ(ヨシキリザメ、アオザメ)の昔ながらの浮きはんぺん。すじは、はんぺん作りの際に出るサメのすじにまぐろのすじを混ぜ合わせたもの。つみれはいわしの他、ほっけやまぐろなども使われているそう。
すじは適度な厚さに切って煮ます。とは言っても、長時間、煮る必要はありません。しっかり温まるくらいで十分です(つみれも同様)。
まず、すじ。練られてムチムチというよりも、繊維を残した魚のすり身がしっかりと固められ、噛むとホロリと崩れていくような感じ。
塩味がしっかりとあるので、フライパンで両面を焼いて、酒の肴にしてもいいかもなぁ。上品な味わいです。
次につみれ。こちらはムッチムチ、プリンプリン。いわし感がとても強い。
最後に大鍋で温めたはんぺん(はんぺんも煮てはいけない)。
大きいです。そして肉厚です。ひと口でびっくり。スーパーで売っている普通のはんぺんとまるで違います。口に入れた瞬間、一瞬、フワッとするのですが、すぐさま溶けていきます。溶けるといっても、トロリと溶けるわけじゃありません。シュワッと弾けるように溶けるのです。
なんだろこれ。こんな食感初めて。はんぺんとしてではなく、食材として。面白いなぁ。味わいはさっぱりまろやか。
やっぱり手作りのおでん種っておいしいなぁ。原材料の贅沢さ、丁寧な仕事ぶりがしっかりと感じられて、おでんが一層おいしくなります。
からしもやっぱり辛くておいしいw
おでんの密度と街の密度
最初の大鍋をもう一度ご覧ください。右手にある三角の厚揚げ4個、その隣の大ぶりながんも3個がセットになって約80円でした。柳屋蒲鉾店のおでん種1個より安いw
別にどちらがどうと言うつもりはありません。たとえば、食べ盛りのお子さんが2人いて、家族4人でおでんを食べるとなると、やっぱりできるだけ安く、そしてたくさん作りたいじゃないですか。量産品だってものによっては何気にレベル高いですよ。スーパーのもので十分。
ただ。
ところが今、こうしたおでん種店が、激減しているという。東京のおでん種店をアーカイブしたウェブサイト「東京おでんだね」を運営する源太氏によると、『蒲鉾年鑑 昭和50年度版』調べで1975年に東京に276軒あったおでん種店は、現在51店舗にまで激減。45年間で5分の1以下になっている。
東京おでんだねによると、品川区は荏原中延に2軒、戸越銀座に2軒、世田谷区は世田谷・上町に2軒、尾山台に1軒、おでん種屋があるのですが、目黒区はここ目黒本町の柳屋蒲鉾店だけです。
少し脱線。
ここで面白いことに気づきました。ほとんどのおでん種専門店は商店街が賑わっているところにあるんです。
商店街が賑わっているということは、住民と地域が密接な関係にあるということ。しかも、子供やおじいちゃん・おばあちゃんがいるような家庭が多いということ。単なる居住区ではなく、生活が営まれているエリアということです。
考えてみれば、おでんって"家族"というイメージがありません? お父さん、お母さん、子供二人で大きな鍋を囲む。そんなイメージ。一人だったらコンビニおでんがほとんどですよね、きっと。
家庭に密度があり、街に密度がある――おでん種専門店があるということは、そういうことなんでしょうね。
さて、話を柳家蒲鉾店に戻しまして。
いまや専門店でおでんの種を買うというのは貴重なこと。全部のおでん種を専門店で揃えずとも、たとえば2種くらいは専門店で買って、残りはスーパーでもいいと思うんです。せっかく近くで貴重な手作りおでん種が買えるんですから、これを味わわないのはもったいないじゃないですか。
ギュッとうまみが詰まった密度の高い手作りおでん種。おでんにはせず、そのままでもいいつまみ、いいおかずになりますよ。ぜひ一度。
SHOP DATA
- 柳屋蒲鉾店
- 東京都目黒区目黒本町5-33-25
- 03-3712-5006
- 公式
- 【検索用】柳屋かまぼこ店