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HÅN/ハン(学芸大学)で「世界は知らない"おいしい"で溢れてる」と気づかされた夜。ジョージア・トルコ・モロッコ・リトアニア……世界各国の料理とその調理に、深いため息が漏れました。

HÅN/ハンの前菜盛り合わせ

異国情緒溢れるスタジオのような空間

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「東口商店街を抜けて、目黒郵便局へ向かっていく道沿いの右手」

「右手!? 左じゃなく? そんなところに店あったかなぁ」

店の場所を説明すると、そう驚かれるのですが、実際に行って食べてみたら、その100倍驚くことになるはずです。

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学芸大学駅から徒歩7分。東口商店街を抜けた先、目黒通りの手前にHÅN(ハン)というお店があります。2023年2月12日にグランドオープンしました。

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HÅN(ハン)はトルコ語で宿。トルコ、モロッコ、ジョージア、リトアニアなど、世界各国の料理が食べられるお店です。

この日はちょうど私の誕生日。誕生日祝いにどこがいいかと連れに聞かれ、「HÅN(ハン)」を選びました。

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広々とした店内はスタジオのようでもあり、キッチン&リビングのようでもあり、スタイリッシュながら異国情緒も漂っています。

"料理人"とはまるで異なる口尾麻美さん

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料理をするのは『旅するリトアニア』『トルコのパンと粉ものとスープ』『まだ知らない 台湾ローカル 旅とレシピ』『旅するキッチン』など、数多くの著書がある料理研究家・フォトエッセイストの口尾麻美さん

口尾麻美さんが世界各国を旅して体得した料理が供される、というわけです。

ここでは週に二日ほど料理教室も開催されています。

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まずはドリンクを注文。ワインもありますが、メニューには載っていません。ワインが飲みたければ、相談してください。

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Breakside IPA(1100円)。フルーティーで華やか。

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酒が飲めない連れはトルコのザクロジュース(850円)。甘くて濃厚。

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ボードに書かれた料理は、ほとんどが初めて目にするようなものばかり。旦那さんの口尾幸光さんがひとつずつ丁寧に説明してくれました。

ただ、私はうわの空。国名と料理名を眺めながら、少々耳に入って来る言葉と想像で、頭の中に料理を描いていました。空港のフライトボードを見て、旅先の地に思いを巡らすかのごとく。

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お二人はアパレル出身だそう。なるほど確かにファッションショップの店員のような出で立ちです。おしゃれ。

服装だけではありません。口尾麻美さんの動きも飲食店の料理人とはまるで違います。

ずっと厨房に入っている料理人はおのずと"型"ができあがる。そして動きにリズムができます。

一方、口尾麻美さんにはそれがない。料理研究家ですから、もちろん手際はいいのですが、動きは自由で不規則。

今日はあの国のあの料理、明日はあの国のあの料理……。決まりごとのない中で自由に料理をしてきたからこそ、そして動きに"遊び"があるからこそ、フレキシブルに世界中の料理をインプット・アウトプットできるのでしょう。

フフン♪と鼻歌でも歌っていそうな面持ちで調理するその姿は、プロが仕事として調理しているというよりも、料理好きが家で料理を楽しんでいるといった雰囲気です。もちろん、優劣・良し悪しを言ってるわけではありません。

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ゆうに30分は経ったでしょうか。

「すみません、お待たせして。もうすぐお出しできます」

私たちにそう伝える口尾幸光さんの横で、手元に視線を向けたまま、口尾麻美さんの口角がほんの少し上がりました。

「そりゃおいしいものを作ってるんだから、時間もかかるよねぇ」

手元の食材たちにそう語りかけているかのように。

ハーブ・スパイス・塩が絶妙な料理たち

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「初めて来た人には必ずお勧めしています」という前菜盛り合わせ。

改めて一品一品を説明してくれました。ジョージア、トルコ、リトアニア、フランス、4ヶ国7種の料理です。このワンプレートだけで世界中を旅した気分。

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「トルコのストリートフードで、握ったそのままの形をしています。レモンと一緒にレタスに包んで食べてください」

チーキョフテかな?

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モロッコのブリワット……だったか何だったか。

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鶏肉のペースト?

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フランスのレンズ豆の……。

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みなさんが行かれた時に同じものがあるとも限りません。ですから、それぞれが何という料理で、味がどうだったかを事細かに説明してもあまり意味が……。

というのは言い訳です。

フォークを口へ動かすことだけを強制する料理たちによって、思考・分析・記憶は機能不全に陥っていました。なーんも考えられん。なーんも覚えらんない。

ただ、全体的にハーブ・スパイス・塩の使い方が絶妙だったということだけ書いておきましょう。そしてもうひとつ。

くっそうめぇなぁ。

おいしいを通り越したすごいものに出くわすと、口が悪くなる性分なのです。

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「赤ワインはありますか?」

「赤もありますが、こちらの料理には白が合うかもしれません。これは微炭酸のものです。あとはオレンジワイン。こちらはイタリアのプーリア州で、こちらはフランスの……。あと、これはジョージアのワインで、ワインなんですがブランデーのような」

「それで」

ジョージアのワインがあるなら、一択でしょう。

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深い琥珀。グラスが口に近づくと蒸留酒のような強い香り・アルコールを感じます。

確かにブランデーを思わせるような味わいです。

「ブランデーぽくもありますが、紹興酒のような感じもありますね」

「古い製法で作られてて、甕(※クヴェヴリ)に入れて寝かせてるんです」

「ああ、だからか」

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詳細はOUR WINE(アワ・ワイン)、Soliko Tsaishivili(ソリコ・ツァイシュヴィリ)、クヴェヴリといった単語でググってください。ただ、ひと言。

これ大好き。

ナスとクルミの冷菜はマスト

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ジョージア料理・バドリジャーニ(badrijani)。クルミのペーストをナスで巻いたものです。こちらも初訪の人に必ず勧めるのだとか。常連さんたちも必ず注文するのだそう。

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風味に奥行きをもたらすスパイス。グッとうまみを引き上げる塩。コクを出すたっぷりのオイル。パクチーとザクロのアクセン……やかましい。

ジューシーでトロリとしたナスは、まったりとしたクルミと相まっ……うるせぇ。

「言葉が邪魔だっつうの!」

「とは言え、伝えないといかんだろ。ここブログだぜ?」

どうにかして説明しようとする私に怒りを爆発させる、おいしさの余韻に浸っていたい私。

激しく争いながらも、前菜盛り合わせとナスはマストだろうなぁという部分は二人の意見が一致していました。

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ジョージア料理・ロビアニ(Lobiani)。ジョージア料理を代表するチーズの入ったハチャプリに似ていて、こちらは豆が入っています。

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練った小麦粉をフライパンで焼いた、この独特な香ばしさがたまりません。過剰な"うまみ"に驕った口が赤面していました。豆と小麦粉でこんなにもおいしくなるのか、と。

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トルコ料理・カヴルマ(Kavurma)。

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牛肉と玉ねぎとトマトが煮込まれています。この甘みはどうしたら……。玉ねぎ・トマトを炒めればそりゃ甘くなる。牛肉にも甘みはある。けど、それだけじゃない。なんなんだ。

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連れが頼んでいたのは台湾コーラ。シップのような風味。こういうのも好き。

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口尾麻美さんの著書や雑貨類も販売

「お酒に合うようにと、全体的に塩味を強めにしているみたいです」

と、口尾幸光さん。

そうなんだ。私にはピッタリでしたが。そして塩が裏から食材を持ち上げている、そんな塩の使い方に驚かされていました。

酒を飲まない連れも塩が強いとは思わなかったらしいので、本当にそうなのかもしれないけど、まあ何と言いますか、これはある種の保険とでも言いましょうか。ないしはもっと言うと愛とでも言いましょうかw

「君は客のことなんて考えなくていい。自由気ままに、好きなように、自分らしい料理をしていて。その分、僕がお客様の対応をするから」

そんな妻への気遣いが、妻をかばうかのようなこのセリフに表れて……私の妄想もたいがいですなぁ。

各所に垣間見える口尾麻美さんの料理思想・美意識

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気になっていたのが、インディカ米が炊かれていた、昭和に見かけたような緑色の炊飯器。帰って調べてみたところ、台湾の大同電鍋だそう。台湾では一家に一台あるとも言われている、蒸す・煮る・炊くができる家電です。口尾麻美さんは『はじめまして 電鍋レシピ』という本も書いています。

日本のハイテク炊飯器にはいろいろな機能がついていて便利だとは思います。けど、便利になった分、使う者から何かが削り取られているような気もしなくはありません。

他方、約60年前に日本の炊飯器(東芝)を参考にして開発された大同電鍋は、ボタンひとつというシンプル設計のまま歩んできました。使い方は使用者次第。

機能に制限されない自由、シンプルであるが故の想像/創造する楽しさ……そんなものが大同電鍋に詰まっているんじゃないでしょうか。そしてそれは口尾麻美さんの料理思想に相通じるものがあるようにも感じます。

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それにしても、このフライパンの積み上げ方よw

「だって。ふらっと立ち寄ったトルコのお家の台所が、フライパンも調味料もきれいに整然と並んでるわけないでしょ?」

そう言っているのが聞こえてきそうです。

口尾麻美さんの美意識なんだろうな。これこそが美しい、という。

料理人ならざる料理人。飲食店ならざる飲食店。

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モロッコを意識してデザインしたというかわいいトイレ

コース、プリフィックス、あるいは完全予約制にすれば、もっと効率よく料理を提供できるかもしれない。回転が上がり、客数も増え、売り上げも上がるかもしれない。けど、きっとそうはしないでしょう。そうしてしまったら楽しくないから。

やっぱり口尾麻美さんは料理研究家ではあるけど、料理人じゃない。むしろ、料理人になってはいけないとすら考えているかもしれません。そうなってしまったら、自分の料理ができなくなる、と。

自由に。気ままに。わがままに。そしてそれが許される才……なんてことを言っても、

「世界はおいしい素敵な料理で溢れてる。それを伝えたいだけ」

きっと口尾麻美さんは涼しい顔でそう返すのでしょうね。とことん料理が好きなんだろうなぁ。

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ご覧の通り、量は多くありません。野菜・豆類がほとんどです。けど、たっぷり2時間かけて食べたためか、料理のクオリティの高さからか、お腹はいっぱいになりました。会計は二人で約1万2000円。

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おいしいお店はごまんとあります。いや、飲食店はおいしくて当たり前です。おいしいものを提供するのが仕事なんですから。

ただ、時折、「はぁ」とため息をつかされるお店に出会います。なんでこんなことができるんだろう。どうすればこうなるんだろう。すげぇなぁ。と。

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見上げれば唐ヶ崎鉄塔。

「はぁ」

誕生日に深くため息ひとつ。

学芸大学はもちろん、他所でもこんなお店はなかなかないよなぁ。

いや。

口尾麻美さんが料理人ではないとするなら、果たしてここを飲食"店"と言っていいのだろうか……とすら。それくらい特別で唯一な空間・体験でした。

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