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季節料理 からかさ(祐天寺・学芸大学)で聞こえてくる昭和の汽笛~ご年配方が寄り合う家のごとき食事処/居酒屋で、昔の五本木界隈の話、太平洋戦争の話を肴にお酒をチビリ

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祐天寺駅から徒歩5分弱。学芸大学駅からでも徒歩10分強。昭和通りから少し入ったところ、東急東横線の線路沿いにある季節料理 からかさ。この筋だって通ったことがあるのに、今まで気づきませんでした。なんて節穴。

日中に見つけ、その日の夜、さっそくうかがってみました。

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よかった。雨も上がったし、ちゃんとやってるし。

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カウンター8席ほどの店内は、どこをどう切り取っても昭和の香りしかしません。背後には8トラックとVHSの山。8トラ(ハチトラ)はカラオケ?

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ママがお一人で店を切り盛りしてらっしゃいます。その日の客は私以外に女性一人、男性一人。話をしている内に徐々にわかってきたのですが、ママさんは昭和13年生まれ、女性客は昭和12年生まれ、男性客は昭和11年生まれ。つまり、78歳、79歳、80歳に囲まれての晩酌です。

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瓶ビールはコップとともに出てきました。正解。左隣の男性は山崎をストレートで飲んでます。右隣の女性は「コラーゲン」と書かれているタッパーからスプーン1杯分の白い粉をコップに入れ、お茶を注いで混ぜて飲んでます。

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メニューは各種定食とつまみ。昼もやっているようなので、近隣のご年配方が昼・夜に食事をしにいらっしゃるのでしょう。居酒屋というより食事処に近いお店だと思います。

昼に恵比寿の厚生中央病院へ行って来たと男性。インディーズ居酒屋の鉄板ネタ。これに対してママさんはこうおっしゃいます。

「恵比寿でしょ? バスでそこをまっつぐ行くだけよね」

かわいい言葉。のちにわかることですが、これは東京弁というよりも、ママの出身地・茨城(水戸)の方言なのかもしれません。

続けて右隣の女性は私にこう言います。

「75過ぎたらとたんに来るのよ(笑)」

ははは。すごい。35過ぎてガクッと、なんて言ってる場合じゃないなw

「こちらはどれくらいになるんですか?」

「お店ができて? 46年」(ママ)

1970年、昭和45年創業か。私より年上だ。すごい。

「ずっとお一人で?」

「マスターがいたのよ」(ママ)

ここで女性が指さします。

「あれがマスター」(女性)

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なるほど。

先輩たちの会話はあっちこっちへと飛びまくり。

「たけのこせんべい、おいしいのよ。おつかいもので喜ばれるの。中央町にあって」(ママ)

いま調べたら、目黒区中央町の大黒屋は2013年~2014年ごろに閉店していました。近隣では三軒茶屋のキャロットタワーに本店(三軒茶屋おかきあられの大黒屋)があります。

雷神堂もいいわよね」(女性)

「オレは饅頭でも飲めるからなぁ」(男性)

「両刀使い、ね」(女性)

甘いものと酒、両方いける口を"両刀使い"と言います。

ここで扉が開き、ご常連の女性がサクランボを持ってらっしゃいました。おすそわけのようです。そのサクランボと、男性が恵比寿の三越で買ってきたというちょっと変わったトマトを私も頂きます。

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「昔は畑になっているトマトとかきゅうりを勝手にもいでよく食ってたよ。ぬるくてうまくねぇんだ。スイカは持ってるとバレるだろ。だから足でこう転がしながらさ。でもやっぱり見つかって追いかけられて」

そうだ。聞きたいことがあったんだ。

「以前、この辺りにも川が流れてたって」(私)

「そうよ。そこらじゅうに川があって、川というよりドブね。当番が決まってて、掃除するのよ。枯れ葉とかが積もるから」(ママ)

「そういうのがあったから、近所のつながりもあったのよね。今じゃマンションで、お隣さんの顔もわからないんでしょ」(女性)

「いつ頃、埋められたんですか?」(私)

「埋めたわけじゃなくて暗渠だね」(男性)

「フタしてるようなもんですよね」(私)

「そう。いつ頃だったかしらねぇ。でも、いまだにカエルが出るわよ。昔は道でカエルがよく轢かれてて(笑)」(ママ)

「今は上だけど、当時の電車は地面走ってたのよ」(女性)

「そこの踏切でよく事故があったわねぇ」(ママ)

「当時はチンチンって鳴らしてね。チンチン電車って」(女性)

「花電車もよく通ったわねぇ」(ママ)

「女性の車掌がガマ口ぶら下げてね(笑)」(女性)

ん? 先ほどから……もしかして"下ネタ"なのか? とりあえず笑っとけ笑っとけw

その後も私にはわからない昭和の電車思い出話が次々と。

「銀座線は浅草近くでトンネルが四角から丸に変わるのよ。そうすると隅田川からの水がポタポタって漏れててね。先頭車両でそれを見るのが楽しかったわぁ」(女性)

「地下鉄は駅に入ると電気がパッと消えるのね。ビックリするのよ」(ママ)

「走ってるところは直流で、ホームは交流なんだよな。それが切り替わる時に一瞬、消えるんだよ」(男性)

「恵比寿の汽車が汽笛を鳴らすでしょ。あれ、夜に聞くとなーんか寂しくなるのよねぇ」(女性)

「私は明け方に聞くのが寂しかったわぁ」(ママ)

ちょっと待て。

「恵比寿? 恵比寿の汽笛がここまで聞こえてくるんですか?」(私)

「そうよぉ。当時は高いビルもなかったしねぇ」(ママ)

ママさんたちが口をそろえて汽笛に哀愁を感じると言うのは、その後の話でわかってくるのですが、きっと疎開や兵隊さんのお見送りなんかとも関係してるんだろうな。

「栃木に疎開しててね、戦争が終わって帰ってきたら何もないの。だけど帰ってきたらポリスがいてね。初めて外人を見たのよ。ビックリしちゃったわね。鼻がこーんなに高くて。お人形さんみたい」(女性)

ポリスはミリタリーポリス(憲兵)のことでしょう。一部、蔑称とも捉えられかねない言葉をあえてそのまま使いました。ご了承を。

とにかく、どこまで意識されてるかはわかりませんが、汽笛は別れを連想させるんでしょうね。私にとってはモノトーンの世界。けど、「昨日のことのように思い出される」とおっしゃるママたちにとっては、カラーで記憶に残ってるんだよなぁ。実感のこもった昔話で、私にも汽笛が聞こえてきます。

そういえば、まさにその恵比寿、居酒屋・彦市ではお母さんがいつも汽車の話をしてくれて、大切に持っている当時の切符を見せてくれるんだよなぁ。お母さんはお元気かな。

二杯目は……。何があるのかよくわからないから適当でいいや。

「焼酎ありますか?」

「はい」

「じゃあ水割りでお願いします」

背後の棚の上に一本だけある麦焼酎を椅子に乗って取り、奥の居間から氷を持って来て、水割りを作るママ。そうか。こんな取りにくい場所に置いてるだなんて、焼酎、いや、お酒さえも普段はそれほど出ないのかも。

隣の女性が枝豆を頼んだので、私も便乗しました。

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続いて女性はうるめ(定食)を注文。お父さんはサンマを召し上がっていて、お二人にお新香を出すついでに、私もサービスで頂きました。

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枝豆は香ばしく、浅漬けのキャベツはシャクシャク。なんてことのない、ごくごく普通のつまみ。だけど、なぜかこれがうまい。

3人はそれぞれ、ずっとしゃべりっぱなし。私は「そうなんですか」とうなづくばかりです。

「出身は? 横浜? オレも横浜だよ。金沢八景。昔は久良岐郡って言ってね。北条が作った図書館が金沢文庫ね。小田原城は実は北条が作ったんじゃないんだよ。磯子はひばりだね」(男性)

「磯子の魚屋の娘なのよね」(女性)

「同い年でしょ。当時の女の子はみんなひばりのブロマイド持ってたわね」(ママ)

「オレは"アラカン(嵐寛寿郎)"だな」(男性)

「市川右太衛門、片岡千恵蔵、みんな歌舞伎ね」(ママ)

「ひばりのお母さんがすごかったのよ。そういうスターみんなと共演させて。そうすると、ひばりが売れるだけじゃなくて、相手も出世するのね」(女性)

「残ってるのは雪村いづみだけになっちゃったわねぇ」(ママ)

美空ひばりは1937年(昭和12年)生まれ。生きていれば隣の女性と同い年。みなさん「ひばり」と呼び捨てです。スターでありながらも、自分たちの世代ということで親近感も持ってるんでしょう。

再び戦争の話に戻ります。

「ちょうど俺が上がる時、4月に上がったんだけど、その直後、9月に東京府から都になったんだよ。あの頃、学校の床なんて全部ひっぺがして、旋盤入れて武器作ってたなぁ」(男性)

上がるというのは、国民学校初等科(現在の小学校)入学を意味するのでしょう。都制に移行したのは1943年(昭和18年)のこと。

「食べるものなんて、ぜんぜんなくてね。ひもじい思いをしたから、今の年寄りは元気なのよ。でも、今はお金を出せばなんでも手に入るでしょ? なのにひもじいというのは、もっと辛いことよねぇ。あの頃は何もないんだもん。ひもじくても当たり前だったの」(女性)

「配給に並んでも、結局、もらえなかったりなぁ。米屋が芋を配ってたりしてたしな」(男性)

「あれ、紫の芋、おいしかったわよ。芯は白くて周りが紫で」(ママ)

「花魁(おいらん)って言うんだよ」(男性)

このお父さんがまあ博識でらっしゃる。他に羅宇屋(らおや/らうや)の話、どぶろくの話、海軍の話、メロンの話、祐天寺界隈のスナックの話、田道(でんどう)の話、真空管・テレビの話、そば屋の話、海苔の話と、とにかく話題が二転三転。面白いなぁ。

お酒2杯、つまみ1品(+サービス2品)。たったこれだけなのに、あっという間に2時間半が過ぎました。時計の針は9時半を回っています。お勘定をして頂きました。

「ごちそうさまでした」

「ありがとうございます」(ママ)

「また来てやってね」(男性)

「はい。おやすみなさい」

創業して46年。この間、何十回、何百回と同じような話が繰り返されてきたのでしょう。今回、たまたま初めて戦争話、昔話が出たなんてことはありえません。

だけど。

ちょっと妄想してみるんです。私が店を出たあと、3人はこんな話で盛り上がります。

「久々に若いの来たね。ああいう話をしてやると喜ぶんだよ」

ふふふ。そんなことを言ってたりしてw もしそうだとしても、私は進んでお父さん方の思うツボにはまりましょう。だって、本当に楽しいんだもん。

学芸大学だと他に誰だろう。源平のママ、ニュープラスワンのママが80オーバー。男性では焼き鳥 しまのケンさんか。若くて元気で楽しい人ばっかりだ。

※その後、源平ママ、ニュープラママはお亡くなりになりました。

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店を出て、"川"に沿うように駒沢通りへ出ます。左手、東の彼方は10年以上住んでいた恵比寿。学芸大学は3年目。

悩み続けた日々が
まるで嘘のように
忘れられる時が来るまで
心を閉じたまま
暮らして行こう
遠くで汽笛を聞きながら
何もいいことがなかったこの街で

出典/「遠くで汽笛を聞きながら」(アリス)

飲み歩いてヘベレケになって、時に各所へ迷惑をかけることもあるけど、でも。友達、顔見知りがいっぱいできて、いい店、いい人たちにたくさん出会い、いい話がたくさん聞けて……。この街に越して来てよかったな。そんなことを改めて感じさせてくれた季節料理 からかさでした。

お父さん、お母さん、ママさん、本当に楽しいお話をいっぱいありがとうございました。お。80歳は傘寿(さんじゅ)って言うのか。へへヘ、ママさん、店名に追いつきますねw

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