MEAT JOURNEY 2018

「大衆居酒屋 ふじ」(西小山・武蔵小山)は温かくて楽しいママさんがやっている居酒屋で、何もないし、ググっても何も出てこないんだけど、ここには大切な何かがありました

※ドラマ「居酒屋ふじ」の舞台となった蛇崩の「季節料理 ふじ」とは別の店です


できるだけ、まだ通ったことのない道を選ぶようにしています。何かを発見できるかもしれないから。

その日は確か、武蔵小山から西小山方面へ自転車でフラフラしていたような。住宅街を右へ左へ折れ、もはや東西南北、どちらに向かっているかもわからなくなっていたら……。

まさか、こんな大物を発見できるとは。いい表情をしてんなぁ。

「ふじ」ね。帰ってググッてみましたが、情報はゼロ。日を改めて行ってみることに。

西小山駅から徒歩10分弱、武蔵小山駅から10分強。洗足駅、戸越銀座駅、荏原中延駅、旗の台駅から15分。のちほど詳しい行き方をご紹介しますが、サミットストア 荏原4丁目店や恵比寿湯の近くと言えば、わかる人にはわかるでしょうか。住宅街のど真ん中にある「大衆居酒屋 ふじ」。

昼に見た顔とはまるで違う夜の顔。住宅街に灯る紫色の看板はなんとも艶めかしく、扉を開ける指先にほんの少し緊張が走ります。

「こんばんは」

カウンターに男性が一人、テーブルに男性と女性。「いったい誰が店主だ?」というこちらの疑問より、三名の「これは誰だ?」という疑問の方がおそらく強かったはず。先輩方の視線を感じつつ、ゆっくり店内へ進み入ると、おもむろに女性が立ちあがりました。勝手に大将がやっているものと想像していたのですが、ママさんだったか。

「生ビールをお願いします」

私は普段、ほとんど生ビールを飲みません。瓶派です。けど、twitterのフォロワーさんがここの生ビールがおいしいと言っていたので、生ビールをお願いしてみました。

いやぁ。ジョッキもビールもよく冷えてる。確かにこりゃうまい。ビールを飲みつつ、背後の壁に貼られたメニューを眺めます。冷や奴、枝豆、あと何だっけ? 普通過ぎるラインアップで逆に悩まし

「そこの、ほとんどないの」

「あ、そうなんですか」

「お通しはきんぴらね。今日あるのは……マグロの中落ち、メカジキのソテー、あとは……」

その日にあるものがメニュー。そんな感じなのでしょう。

「じゃあ、中落ちをお願いします」

まず供されたきんぴら。写真ではわかりづらいですが、お通しとしてはかなり量が多いです。目の端にチラッと映った隣の先輩のきんぴらと比べると、私の方が明らかに多い。若い人だから多めに、という配慮なのでしょう。もちろん、「若い」というのは相対的な話です。

この温かいきんぴらがなんだかとてもおいしい。いいなぁ。

「はい、中落ち」

うわ。なんという量。中落ちが山のごとく盛られています。ねっとりとした中落ちもとてもおいしい。そして、ザックリとしたキュウリの切り方もまたいい。

「きんぴらもマグロもおいしいです」

「ほんと?」

私が席について5分後、10分後に先輩方はそれぞれお帰りになりました。店は私とママさんの二人。

「こちらはどれくらいになるんですか?」

「31年」

「えええ。そんなに」

「この店自体はもっと長いの。私が5代目」

「えええ!」

「と言っても、私の前にやってた人たちは1年とかですぐ辞めちゃってて、結局、私が一番長くなっちゃったんだけど」

「この辺りはなんか不思議な感じですね。駅から離れてる住宅街だってのに、銭湯があったり、パン屋があったり、スナックがあったり、昔は商店街でもあったんじゃないかって風情がしませんか?」

「私が来た31年前にはもう商店はほとんどなかったんだけど、昔はそうだったみたいね。あと、工場が多かったのよ」

「あー、そうか。この辺りはそうだって言いますよね」

「31年で随分変ったわよ。お住まいはこの辺り?」

「いえ、学芸大学のほうです」

「学芸大学から!?」

「いや、それが何気に近いんですよ。西小山駅だったら歩いて30分くらいですよ」

「30分って、なかなかよ」

「いえいえ。それくらいは」

「じゃあ、駅のあっちで飲んだり?」

「そうですねぇ。いいお店がいっぱいあるので、西小山にもちょくちょく。けど、最近、古いお店がバタバタとなくなりました」

「あら。どこかしら」

「たとえば……丸東とか」

「丸東ご存じなの?」

「ええ、一度うかがったことがあります。とても素敵なお店でした」

「お父さんが階段から落ちて、肋骨折っちゃったのよ」

「そうだったんですか。あの階段は確かに危険ですね」

「快復はしたけど、もうあのお年だし、息子さんたちも、そろそろいいんじゃないかって。たまに自転車に乗ってるの見かけるわよ。あそこなくなって、みんなどこへ行ってるのかしらね」

「この辺りの方は普段、出るとしたら西小山ですか?」

「あとは武蔵小山。早い時間からやってるお店あるでしょう。なんて店だったかな」

「……寅圭(とらよし)ですか?」

「寅圭じゃなくて……」

「あ、牛太郎?」

「そうそう」

「あと、駅のあっち、補助46号線って言うんですか? 緑道の端のほうにも『やきとり ふじ』という焼き鳥屋さんがあったんですが、火事でお父さんが亡くなられて……」

「あらぁ」

補助46号線とは、山手通りのかむろ坂下交差点から武蔵小山、西小山、自由が丘、等々力方面へと抜けていく都市計画道路です。五本木あたりで停滞してる26号線同様、なかなか進まない計画でもあります。

2杯目のウーロンハイを飲んでいたら、「これ、サービス」とさきいかを下さいました。

「ありがとうございます。ママさんはこちらが地元なんですか?」

「いえ、東北」

「東北というと……」

「古川。仙台から北へ電車で1時間くらいのところ」

「いや、壁に大きなウミガメがかかってるし、このサンゴも立派だし、南の方のご出身かなって」

「いえいえ、あれ全部、お客さんが(笑)」

なんかすごく馴染みやすいママさんです。知らない店に飛び込んだ際は2杯くらいで留めておくようにするのですが、あまりにも楽しくて、ウーロンハイをもう一杯頼んでしまいました。

「今日は静かねぇ」

その日は木曜日でした。

「何曜日が混むとかってあるんですか?」

「決まってないわねぇ」

「定休日は?」

「年中無休よ。正月もずっと」

「すごいなぁ。けど、ここが地元だったら田舎へ帰ることもないから、そういう人にとっては正月にお店が開いててくれるといいですよね」

「そうね。さっきお客さん二人いたでしょう。二人もそうね。二人ともこの上に住んでるのよ」

「えええ(笑)」

店の一番奥とカウンター向こうにテレビが一台ずつ。その日の夕方にあったプロ野球のドラフトの特番が流れています。巨人にドラフト1位指名された鍬原(くわはら)拓也投手の生い立ち、貧しかった家庭事情が再現ドラマで紹介されています。

「お母さん偉いわねぇ」

「息子もいい子に育ちましたね」

「このお母さん、若いわね」

「さっき北斗昌の息子が同い年って言ってたから……40代半ばくらいなのかな(※北斗昌は1967年生まれと帰ってわかった)。もしかしたら僕と同じくらいなのかもなぁ。僕は今年で44なんです」

「あら。(私の)息子と同じね」

「そうですか。73年、昭和48年です」

「次男と同じだわ」

カウンターに座るママさんと、テレビを見ながらとりとめのない会話。初めて来たというのに、なんだか落ちつくなぁ。

大きな業務用エアコンは壊れてしまって、修理代が高いもんだから、新しくエアコンを足したというパターンだろうな。

業務用冷蔵庫もすごい。この造りは80年代じゃきかないでしょう。70年代のものかもしれません。ン十年という年月の経過を感じ取らせてくれる什器類を眺めているだけでも楽しい。

ひと口に居酒屋と言っても、さまざまなタイプがあると思うんです。メニューが豊富で、たくさん食べてお腹いっぱいになれる居酒屋もあれば、肴をつまみつつ、しっぽり飲む居酒屋もある。あるいは、近隣のご年配方が晩酌やちょっとした食事をしにやってきて、1杯ひっかける、寄り合い所のような居酒屋もあります。

最後のタイプが具体的にどこかと言えば、たとえば、学芸大学駅界隈だったら「季節料理 からかさ」がそんな感じ。そして、「大衆居酒屋 ふじ」もそうでしょう。

お通しをつまみにしつつ、一杯やって帰る。そんなお客さんがほとんど。昔はいろいろメニューを取りそろえていたけど、最近ではそんなに頼む人もいないから、ほんの少し、その日に仕入れたものを出す程度。こういうお店は飲むとか食べるとかじゃないんでしょうね。人に会いに来る。大将やママさん、常連の仲間たちに。

「ごちそうさまでした」

「ありがとうございます。またいらしてね」

ママさんは表まで見送ってくれました。本当に素敵なママさんだ。

メニューなんてあってないようなものだし、お酒の種類だって少ない。「大衆居酒屋 ふじ」には何もないんだけど、でも、大切な何かがある。そしてそれはもしかしたら、お酒より食べ物よりもっと大切なものなんじゃないかなぁ。そんなことを思いながら、立会川をのぼっていくのでした。

そういや「季節料理 ふじ」は蛇崩川か。暗渠近くに”ふじ”。へへ、面白い偶然だ。

大衆居酒屋 ふじ
東京都品川区荏原5-12-9

「大衆居酒屋 ふじ」への行き方

説明しづらい場所で、界隈に不案内だとまずわからない場所です。行き方を地図・写真付きでご紹介しておきます。

西小山駅からの行き方

立会川跡の道=立会道路を南下。「一鞍とかっぱ」がある交差点(A)で左折。

「恵比寿湯」(C)の角を右折。

(A)の先のセブンイレブンで左折しても行けますが、慣れてない方は「恵比寿湯」が目印となる上記ルートの方がわかりやすいかもしれません。

武蔵小山駅からの行き方

26号線(都道420号線)を南下。栄通りを入り(B)、道なりにひたすら真っ直ぐ。

「食道中道(なかんど)」「恵比寿湯」(C)を越えた先。

パルム商店街を通るなら、「ケンタッキー」「AOKI」のある十字路を右折すると、ちょうど栄通りの入口(B)に着きます。

暗渠、史跡好きな人の行き方

旗の台あたりから、中原街道へ抜け、立会道路を北上せず、その一本裏、旗の台一丁目石造庚申供養塔のある脇道を北上すると楽しいはず(ひたすら真っ直ぐ行けば「大衆居酒屋 ふじ」に着きます)。

上の画像は、木霊(こだま)稲荷神社 縁起、中原街道高札場場跡、旗の台一丁目石造庚申供養塔の3つが固まってあるの図。しびれます。

記事のシェアはこちらから

こちらの記事もあわせてどうぞ